JR佐賀駅南側西部(2017-03-04)・・・佐賀県佐賀市

概要

  • 本堂 2021-10-23
    本堂 2021-10-23
    宗智寺[曹洞宗]佐賀市多布施4-4-3

佐賀市中心部には、これまで3回延べ9年住んでいましたが、これほど多くの寺院があるとは当時は気付いていませんでした。

土地柄からか、佐賀の人たちはやさしく、各所で丁寧なご対応をいただきました。天候と合わせ気持ちのいい寺院散策をすることができました。

それぞれのお寺のページに当日伊藤氏が訪問したときの伊藤氏メモを掲載しています。 こちらもお見逃しなく。(作者)

参拝ルートの地図はこちら

順路 参拝(登録済):40ケ寺、概算移動距離>13km

JR博多(7時54分始発特急) → JR佐賀(8時32分着) (*1) → 弘法寺(佐賀市神野東) tooltip → どんどんどんの森(天神) (*2) → 宗智寺(多布施) tooltip → 西峰院(多布施) tooltip → 福王寺(多布施) tooltip → 圓蔵院(多布施) tooltip → 蓮生寺(伊勢町) tooltip → 大覚寺(伊勢町) tooltip → 大運寺(伊勢町) tooltip → 妙覚寺(伊勢町) tooltip → 伊勢神社(伊勢町) tooltip → 本願院(伊勢町) tooltip → 天徳寺(伊勢町) tooltip → 真覚寺(伊勢町) tooltip → コンビニ(11時40分~昼飯/イートイン) → 本行寺(西田代) tooltip → 天祐寺(多布施) tooltip → 世尊寺(天祐) (*3) → 築地反射炉跡(長瀬町) (*4) → 西念寺(長瀬町) tooltip → 泰教寺(長瀬町) tooltip → 専修寺(道祖元町) tooltip → 照光寺(長瀬町) tooltip → [ノコギリ状の街道] (*5) → 龍雲寺(八戸) tooltip → 八戸地蔵菩薩(八戸) (*6) → 地蔵院(八戸) tooltip → 長安寺(八戸) tooltip → 天福院(新栄西) tooltip → 長崎街道・高橋(八戸~嘉瀬町) (*7) → 苗運寺(嘉瀬町) tooltip → 高橋餅本舗・福屋(嘉瀬町) (*8) → 普門寺(下田町) tooltip → 東光寺(本庄町) tooltip → 龍泰寺(赤松町) tooltip → 善定寺(与賀町) tooltip → 水月寺(精町) tooltip → 泰長院(精町) tooltip → 山口亮一旧宅(与賀町) (*9) → 賀昌院(与賀町) tooltip → 浄土寺(与賀町) tooltip → 与賀神社(与賀町) tooltip → 延命院(与賀町) tooltip → 光照寺(与賀町) tooltip → 妙安寺(川原町) tooltip → 龍造寺八幡宮(白山) tooltip → 龍造寺[高寺](白山) tooltip → 鏡円寺(唐人) tooltip → 聖衆院(天神/17時15分) tooltip → JR佐賀(17時25分駅到着/17時53分発特急) → JR博多(18分35分着終点) → 帰途


補足

  1. JR佐賀駅 (佐賀市駅前中央1-11-10、0952-24-4029)
    1・2番線ホームでは「旅立ち恵比寿」がお出迎え(お見送り)してくれます。
    九州:佐賀の「恵比須八十八ヶ所巡り」、佐賀駅では「旅立ち恵比須」がホームに - 旅のブログをご覧ください。
  2. どんどんどんの森 (佐賀市天神3-2-11)
    大正5年(1916)に発祥し、昭和62年(1987)に閉鎖された、大和紡績佐賀工場の跡地である。広大な敷地東北端の当時の守衛・通用門付近には、旧工場の概要説明板があるとともに、工場で働いてきた工女を模した織姫像が立っており、工場の名残が漂っている。また、敷地東側の南北の通りは「紡績通り」の名称がそのまま残っている。
    現在では、都市緑地として整備が進展しており、公共施設(市立図書館・アバンセなど)・企業用地(佐賀新聞本社・佐賀シティビジョン本社など)・緑地(ふれあい広場)・空き地から成っている。道路標示などでは、「どん3の森」という表記も使われている。
  3. 大雄山世尊寺 日蓮正宗(〒840-0851佐賀県佐賀市天祐1-3-20)
    平屋集会所形式の本堂の脇にはソテツと小竹林、本堂横に沿っては10mほどの大きな藤棚がある。
  4. 築地(ついじ)反射炉跡 (佐賀市長瀬町9-15)
    日新小学校の校庭にある。築地反射炉は佐賀藩10代藩主、鍋島直正が造らせた日本初の実用反射炉である。
    反射炉とは、燃料の熱を壁や天井の面で反射させて炉内の温度を上げ、鉄や銅などの金属を溶かす溶解炉であり、その完成により、日本でも鉄製大砲の鋳造が可能となった。
    はじめは鉄の溶解がうまくいかず失敗続きであったが、手引書となったオランダの『ロイク国立鉄製大砲鋳造所における鋳造法』を翻訳した伊東玄朴らをはじめ、直正が育てた蘭学者たちの新しい知識、刀工や鋳物師らの伝統技術を結集した結果、嘉永5年(1852)には良好な溶鉄が得られるようになった。
    日本で最初に反射炉で鉄製大砲を鋳造した意義は大きく、日本の近代産業化へのシンボルとも呼べるものである。(「佐賀市HP/佐賀市の歴史遺産」より)
  5. ノコギリ状の街道
    佐賀城下[長崎街道]をご覧ください。
  6. 八戸地蔵菩薩 (佐賀市八戸1丁目6番)
    佐賀城下[長崎街道]をご覧ください。
  7. 長崎街道・高橋 (佐賀市八戸2丁目~嘉瀬町大字扇町)
    佐賀城下[長崎街道]をご覧ください。
  8. 高橋餅本舗・福屋 (佐賀市嘉瀬町大字扇町2430、0952-23-8071)
    120年前の明治31年(1898)に本庄江川にかかる「高橋」傍に創業した餅・和菓子店。定番の高橋餅(97円)を久しぶりに食しました。美味でした。 高橋餅本舗・福屋をご覧ください。
  9. 山口亮一旧宅 (佐賀市与賀町1368-1、0952-60-2978)
    山口亮一(1880-1967)は、佐賀市精町出身の洋画家。その旧宅である。泰長院の門前に位置する。2月21日~3月12日は「山口亮一旧宅ひなまつり」が開催。
    山口亮一旧宅をご覧ください。