佐伯市 旧佐伯城下(2019-05-01)・・・大分県佐伯市 

概要

05月01日(2019年)は、大分県は佐伯市の中心地、佐伯城の旧城下町にある寺院を廻ってきました。大分県南旅行中の時間の合間を縫ってのお寺めぐりです。佐伯城の南側、各寺近接してあり効率的に廻ることができました。いずれも特長のあるいいお寺でした。

なお、養賢寺前から西への山際通り、内馬場通りを経て大手前交差点までの約700mの道のりは[歴史と文学の道]と名付けられ、通りに残る石畳や白壁の土塀が佐伯藩2万石城下町の面影を今に伝えています。また、この散歩道は[日本の道100選]に選定されています。当地[佐伯]は、[さいき]と読みます([さえき]ではなく)。

【参考】佐伯市(面積903km²)は、九州の中で一番広い市町村です。 (一番狭い県である香川県の約半分の面積 / 東京都の約4割の面積)

それぞれのお寺のページに当日伊藤氏が訪問したときの伊藤氏メモを掲載しています。 こちらもお見逃しなく。(作者)

地図はこちら

順路 参拝(登録済):5ケ寺、概算移動距離>1km

養賢寺(佐伯市城下東町/11時25分) tooltip → 善教寺(城下東町) tooltip → 久成寺(城下西町) tooltip → 潮谷寺(大手町) tooltip → 大日寺(船頭町/12時15分) tooltip → 帰途


〇 歴史と文学の道

この道の両脇には、養賢寺・日露戦争忠魂碑・城南荘(昭和の建築)・長屋門・佐伯鶴城高校・城下町観光交流館・旧坂本家国木田独歩館・三義井安井・茶室汲心亭・三義井唖泉・薬医門・土屋家・矢野龍渓生家跡・佐伯小学校・佐伯城三の丸・佐伯城三の丸櫓門・佐伯文化会館・南御殿跡・三余館・藩校四教堂跡・大手門跡・三府御門・佐伯市歴史資料館などがある。

・城下町観光交流館(佐伯市城下東町8-19、0972-28-5656)
昭和11年1936建築の[つたや旅館]の建物を保存するとともに、観光客や市民が気軽に休息できる場所、また観光情報をお知らせする場所として整備されている。
写真や詳細情報は、【佐伯市城下町観光交流館】でご覧になれます。            
・旧坂本家国木田独歩館(佐伯市城下東町9-37、0972-22-2866)
明治26年1893、英語の教師として佐伯にやって来た独歩は、城山の下の坂本家に下宿して、滞在僅か10か月の間に城山をはじめ佐伯の山野を歩き廻り、後に佐伯を舞台にした『春の鳥』『鹿狩』『源おぢ』などの作品を残した。
写真や詳細情報は、【城下町佐伯 国木田独歩館 | 佐伯大百科】でご覧になれます。
三義井安井(さんぎせいあんせい)(佐伯市城下西町3-13)
佐伯城下は元々は干潟であり、人々は飲料水に困っていた。そのため、18世紀後半に藩医今泉元甫が私財を投じて井戸を掘った。安井と唖泉(あせん)甘泉(かんせん)の3つの井戸は、[今泉元甫の三義井]と呼ばれている。これらの井戸は、昭和初期まで生活用水として使われていたそうである。なお、現在見学が可能なのは安井のみである。
写真は、【安井の井戸(九州旅倶楽部)】でご覧になれます。 
茶室汲心亭(きゅうしんてい)(佐伯市城下西町3-13、0972-24-3905)
藩の御米倉の跡は、南海中学校から法務局、そして現在は市民の茶室・汲心亭となっている(『城下町さいき散策マップ』より)。
写真や情報は、【汲心亭(九州旅倶楽部)】でご覧になれます。 
・佐伯城三の丸櫓門(佐伯市大手町1-1-1)
佐伯城の城館入口として、寛永14年1637に建造され、享保11年1726再建。天保3年1832に三建されている。入母屋造りの本瓦葺き。木部は黒塗りのため黒門の愛称がある。大分県有形文化財。
写真等については、【佐伯城 - お城散歩(日本の城のガイドブック/ガイドマップ) 】でご覧になれます。
・以上を一連とした写真等については、
別途、【豊後・古城の旅 毛利家2万石、三の丸櫓門と城山石垣の佐伯城-オーロラ特急 ノスタルジック旅日記】でご覧になれます。