西鉄久留米駅東側(2017-01-28)・・・福岡県久留米市 

概要

1月28日(2017年)は、西鉄久留米駅東側を廻ってきました。この時期の少々寒いぐらいが、ウォーキングにはジャストフィットでした。また、天気も良好、風もなく、申し分のない条件でした。

本日のお薦めは、了徳寺正源寺安養寺福聚寺あたり。いずれの寺院においても、大いに歴史を感じることができました。

それぞれのお寺のページに当日伊藤氏が訪問したときの伊藤氏メモを掲載しています。 こちらもお見逃しなく。(作者)

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順路 参拝(登録済):11ケ寺、概算移動距離>10km

西鉄薬院(8時32分発特急) → 西鉄久留米(9時00分着) → 覚蓮寺(久留米市諏訪野町) → 了徳寺(野中町) → 円行寺(野中町) → 法瑞寺(野中町) (*1) → 正源寺(野中町) → 久留米競輪場・あたりや(野中町/11時05分~昼飯) (*2) → 浄楽寺(野中町) (*3) → 浄楽院(高良内町) (*4) → 源正寺(御井町) → 高良大社大鳥居(御井町) (*5) → 不動堂(御井町) → 御井寺(御井町) → 虚空蔵堂参道入口(御井町) → 永福寺(御井町) → 安養寺(御井町) → 福聚寺(合川町) → 一心光院(合川町/14時40分) (*6) → 西鉄久留米(15時05分駅到着/15時22分発特急) → 西鉄薬院(15時50分着) → 帰途


補足

  1. 最上山法瑞寺 日蓮宗(〒839-0862福岡県久留米市野中町51-1、0942-44-0479)
    本堂の破風は朱色が基調であることや、本堂入口部には白和紙のしめ飾りが垂れている状態などが、神仏習合を想起させる。
  2. 久留米競輪場・あたりや 久留米市野中町2
    正源寺を出るとすぐが久留米競輪場。ちょうど場外開催中でしたので、懐かしさもありほんと久しぶりに久留米競輪場に入って昼食をとりました。昭和50年代にはよく通っていたものでした。場内は、その頃に比べると見違えるほどきれいになっていました。場内の食堂「あたりや」で昼食。さばの煮付け・肉じゃが・かきあげ、いずれも家庭の味で上々の旨さでした。
    なお、久留米競輪場は、1977年~1986年にかけ、世界自転車選手権個人スプリントで10連覇の偉業を達した中野浩一がホームグランドとしていた場です。
    陸軍墓地の跡地にある久留米競輪場の周囲の風景については、ちょっと寄り道/HPを参照ください。久留米マニアック日帰り観光 - 【福岡路上遺産(旧・Y氏は暇人)】もご参考に。
  3. 仰羅山浄楽寺:浄土真宗 〒839-0862福岡県久留米市野中町
    住宅地の中で石垣の上にあるが、入口の門は閉まっており、剪定などもあり内側の様子は分かりませんでした。垣間見える鉄筋造の建物のいずれかが本堂ではと推察されましたが・・・。
  4. 浄楽院:真宗大谷派 〒839-0852福岡県久留米市高良内町
    隣接地に住むご子孫の曽祖父が、実子が病弱であったことから建立したという。本寺は、寺町の浄顕寺。現在は住職はおらず寺院活動はなされていない模様。古い本堂の裏手にある大きな宝篋印塔は存在感がある。
  5. 高良大社大鳥居 久留米市御井町373
    高良大社の一の鳥居。御井小学校の校門前の通りにある。高さ6.8m、柱間4.5mで花崗岩製の典型的な明神鳥居。 現在の鳥居は、承応4年1655に、久留米藩2代藩主有馬忠頼の寄進によって建立されたものである。石材は竹野郡石垣村(現:久留米市田主丸町)の花崗岩を切り出し、耳納山地の山裾を運ばれてきたもの。
    大鳥居の額字は、東京上野寛永寺の門主によるもので、安永2年(1773)7代藩主有馬頼徸(よりゆき)の寄進。大鳥居・御井小学校校門と並んで、「坊津街道府中宿本陣跡」の石碑が立っている。
  6. 一心光院:高野山真言宗 〒839-0861福岡県久留米市合川町1329-1、0942-43-7145
    現第2世の新しい寺院。境内部には、地蔵像とともに赤色・青色など20本ほどの幟が立ち並ぶ。個人住宅の造りであるが、内にある荘厳は新しく立派なもの。丁寧なご対応をしていただいた上に、和手拭いまでご接待いただきました。感謝です。