うきは市浮羽町(旧:浮羽郡浮羽町)(2016-07-02)・・・福岡県うきは市浮羽町 

概要

  • 本堂 2013-11-07
    本堂 2013-11-07
    大生寺[臨済宗妙心寺派]うきは市浮羽町流川478

7月2日(2016年)は、うきは市浮羽町(旧:浮羽郡浮羽町)を歩いてきました。 当日は、最初から最後まで、「雨⇒晴⇒晴天下の降雨(お天気雨)」が何度も何度も繰り返す変な天気の一日でした。

持参のビニ傘は、雨傘になったり日傘になったり、またまた雨傘・日傘の繰返しでフル稼働でした。 お天気雨の延べ時間もかなりあり、どれぐらい多くの狐が嫁入りしたのやら・・・。 とはいえ度を越しているとしかいいようのない「カンカン照りの中の土砂降り」は、花菱アチャコ師匠がご存命なら必ずやこう言われたことでしょう。「滅茶苦茶でごじゃりまするがな~」。   

それぞれのお寺のページに当日伊藤氏が訪問したときの伊藤氏メモを掲載しています。 こちらもお見逃しなく。(作者)

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順路 参拝(登録済):10ケ寺、概算移動距離>11km

JR博多(7時45分発特急ゆふ1号) → JR筑後吉井(8時46分着・9時07分発) → JRうきは(9時12分着) → いそのさわ(うきは市浮羽町西隈上) (*1) → 浮羽歴史民俗資料館(浮羽町朝田) (*2) → 仏行寺(浮羽町朝田) tooltip → 西光寺(浮羽町朝田) tooltip → 宝蔵院(浮羽町流川) tooltip → 勝楽寺(浮羽町流川) tooltip → 大生寺(浮羽町流川) tooltip → 生葉郡中三十三観音第20番札所(浮羽町流川) (*3) → 龍豊(浮羽町朝田/12時30分~昼飯) (*4) → 重定古墳(浮羽町朝田) (*5) → 光教寺(浮羽町東隈上) tooltip → 西蓮寺(浮羽町東隈上) tooltip → 清水寺(浮羽町山北) tooltip → 光福寺(浮羽町高見) tooltip → 米谷春里顕彰碑(浮羽町三春) (*6) → 浄蓮寺(浮羽町三春/15時45分) tooltip → JR筑後大石(16時駅に到着/16時36分発) → JR久留米(17時17分着・17時25分発準快速) → JR博多(18時04分着) → 帰途


補足

  1. いそのさわ (〒839-1404福岡県うきは市浮羽町西隈上1-2、0943-77-3103、中千足交差点そば)
    名水100選棚田100選にも選ばれ、フルーツの里としても知られる「うきは市」の蔵元。この地域は全国で唯一「水道の無い町」と呼ばれ、生活用水は全世帯が井戸または山水を利用しているという自然の名水に恵まれた土地である。
    耳納連山の伏流水が筑後川へと注ぐその「名水を活かした酒造り」は、明治26年創業以来脈々と120年以上受け継がれている。清酒磯乃澤はその代表銘柄。(『福岡県酒造組合・蔵元マップ』などより)
  2. 浮羽歴史民俗資料館 (〒839-1404福岡県うきは市浮羽町朝田560-1、0943-77-6287、御幸小学校前交差点角)
    特筆すべきは、2階に展示されている木彫阿弥陀如来坐像(1躯)及び木彫僧形坐像(2躯)。いずれも福岡県指定有形民俗文化財。 展示には、次のような説明書きがなされている。
    「これら3躯の仏像は、阿弥陀如来坐像の体内に銘文が残されていることから、古く室町時代の作であるといわれている。浮羽町小塩にある岩窟である岩屋堂内に、信仰の対象として大切に保存されていたが、近年の豪雨災害等により、堂内に雨漏りが発生し、仏像の劣化が危惧される状況に陥っていた。平成27年度、小塩中通り区のご英断によりうきは市教育委員会に寄託をされたため、ここに展示させていただいている。長く愛され、大切に保存されてきた仏像のお姿をご覧ください。」(入館無料)
  3. 生葉郡中三十三観音第20番札所 (〒839-1411福岡県うきは市浮羽町流川、勝楽寺の東北150m:ガレージカーセレクトの2つ南の四つ角の西南角)
    小ぶりな観音堂入口部の右側には「生葉郡三十三ヶ所順拝 第二十番札所」、左側には「御詠歌 : 野をも過ぎ やま路にむかう 雨の里 よし峰よりも はるる夕立」の木看板。鍵の掛かった扉の奥には金色の観音像が鎮座している。お堂には、住宅用駐車場にあるような屋根が別途造りつけられており、またお堂入口部は縁側のようになっているので、雨の日でも座って休憩することができる。お堂の両脇にはせせらぎが流れ、道向かいにはぶどう畑がある。
  4. 龍豊 (〒839-1404福岡県うきは市浮羽町朝田、0943-77-5548、ドラッグ大賀東隣)
    カウンター4席・テーブル4卓の小ぶりな店で、レトロ感の漂う大衆食堂。
  5. 重定古墳 (〒839-1404福岡県うきは市浮羽町朝田、市立図書館東100m、本町公民館道東向かい)
    説明板には次のような記載がある。
    「この浮羽町は有名な古墳地帯で、大小の古墳が点在しているが、特にこの重定古墳は歴史的に大切なもので古くから国の史跡に指定されてきた。1500年以上昔のものと言われている。全長約50mの前方後円墳でたいへん大きな石が天井や壁に使ってある。この古墳は装飾古墳で、壁に朱や緑青を用いて多くの(ゆき)・同心円紋などの壁画が描いてある。」
  6. 米谷春里顕彰碑 (〒839-1407福岡県うきは市浮羽町三春、浮羽観光バス本社道南向かい)
    説明板には次のような記載がある。
    「米谷春里先生は天保3年1832、ここ旧原口村に生を受けた。長じて広瀬淡窓咸宜園で学ぶこと5年。年月を経たずして都講(塾生の長)を務めるまでになった。学成りて、28才のとき帰郷、私塾菁莪堂(せいがどう)を開いて郷土の子弟の教育に尽力した。明治19年には東京に遊学。漢学者の川田甕江、厳谷一六らの文人と交わりその名をいよいよ高めていた明治23年、東京で没した。59才であった。碑は門人たちによって明治44年にこの地に建立された。」
    ※ご関心のある方は、【yonekoの気分爽快!blog ~米谷奈津子のブログです~ 】をご覧ください。