太宰府(2015-11-28)・・・福岡県太宰府市 

概要

再訪分もいくつかありましたが、改めて太宰府の深い歴史を感じた一日となりました。

それぞれのお寺のページに当日伊藤氏が訪問したときの伊藤氏メモを掲載しています。 こちらもお見逃しなく。(作者)

地図はこちら

順路 参拝(登録済):16ケ寺、概算移動距離>12km

西鉄薬院(9時48分発急行) → 西鉄太宰府(10時14分着) → 安楽寺跡・太宰府天満宮(太宰府市宰府/再訪) tooltip → 九州国立博物館(石坂/再訪) (*1) → 光明寺(宰府/再訪) tooltip → 古紺(宰府/12時20分~昼飯) (*2) → 太宰府市コミュニティバス西鉄太宰府駅(13時32分発) (*3) → 内山・終点(13時39分着) → 竈門山寺跡・竈門神社(内山) tooltip → 妙香庵(内山) tooltip → 原八坊跡(連歌屋) (*4) → 眞龍雲寺(連歌屋) tooltip → 光蓮寺(宰府/再訪) tooltip → 西正寺(宰府) tooltip → 来光寺(五条) tooltip → 旭地蔵尊(観世音寺/再訪) tooltip → 崇福寺別院(白川) tooltip → 瑞雲寺(白川) tooltip → 日吉神社(観世音寺) → 観世音寺(観世音寺/再訪) tooltip → 戒壇院(観世音寺/再訪) tooltip (*5) → 学校院跡(観世音寺/再訪) (*6) → 仏心寺(観世音寺/再訪) tooltip → 大宰府政庁跡・大宰府展示館(観世音寺/再訪) → 日菅寺(観世音寺) tooltip → 国分寺(国分) tooltip → 西鉄都府楼(17時52分発)~大橋:急行乗換え~西鉄薬院(18時13分着) → 帰途


補足

  1. 九州国立博物館 (太宰府市石坂4-7-2、050-5542-8600、太宰府天満宮横)
    東京、奈良、京都に次ぐ4番目の国立博物館として、平成17年に開館。「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」 がコンセプト。
    今回は「美の国日本」の特別展(10月18日から11月29日)を見てきました。主な展示物は、十一面観音像(国宝:奈良国立博物館)、釈迦如来像(国宝:京都神護寺)、多聞天立像(国宝:奈良法隆寺)、重源上人坐像(国宝:奈良東大寺)等。
  2. 古紺(ここん) (宰府3-4-56、092-405-7738、天満宮参道鳥居の四角を北へJA筑紫太宰府北)
    新しい民家をそのまま使ってのランチ・喫茶処。店を開いて8年目になるという。和食ランチ(1250円)はセンスのいい味付けでした。)
  3. 太宰府市コミュニティバス西鉄太宰府駅 (西鉄太宰府駅の道西向かい、福岡銀行太宰府支店[宰府1-7-15]前)
    竈門山寺跡・竈門神社へは、内山行きに乗車。バスはほぼ毎時03分・32分の発車(平日・土日休とも)。運賃は100円。)
  4. 原八坊跡 (連歌屋3丁目1番、眞龍雲寺への手前250mほどの道沿い)○本HP記載なし○
    跡は何も残っていませんが、案内板が立っています。案内板の内容を以下に記します。
    「原八坊は、正式には原山無量寺という寺で、平安時代に天台宗の智証大師円珍の8人の弟子たちが開いたと伝えられる。原八坊は、足利尊氏が九州に落ちて来たときに、この一坊に入ったと伝えられ、また時宗の一遍上人も12年間、ここで修行するなど、かつては大きな寺であったことが想像される。戦国時代末に焼亡した。」
  5. 戒壇院 「僧正玄昉の墓所」の記事が戒壇院のページにあります。記事はこちらをご覧ください。
  6. 学校院跡 (観世音寺4丁目2番、戒壇院西150mの道南一帯)
    道沿いにある解説板の内容を記します。
    「学校院とは、奈良時代・平安時代に府学つまり大宰府で働く役人を養成する機関が置かれた所である。当時、同様な役所として中央には大学、地方には国学が置かれていた。府学で学ぶ学生は、政治学・医学・算術のコースに分かれ、その数は200人を超えた。ここは蓮華唐花文の美しい文様塼(レンガ)が出土したことでも有名である。」