仏旗 三縁山広度院 増上寺(ぞうじょうじ) [浄土宗大本山] 浄土宗  ZOUJYOUJI TEMPLE 伊藤氏参拝済

  • 大殿
    大殿 
  • 黒門(案内板によれば、慶安年間(1648~1652)、三代将軍家光公の寄進・建立とされている) - 境内より撮影
    黒門(案内板によれば、慶安年間(1648~1652)、三代将軍家光公の寄進・建立とされている) - 境内より撮影 
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〒105-0011 東京都港区芝公園4丁目7-35 標高:7.5m MAP GMAP 03-3432-1431 ホームページ
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歴史

9世紀、空海の弟子・宗叡が武蔵国貝塚(今の千代田区麹町・紀尾井町あたり)に建立した光明寺が増上寺の前身だという。 明徳4年1393、浄土宗第8祖酉誉聖聡(ゆうよしょうそう)の時、真言宗から浄土宗に改宗し、寺号も増上寺と改めた。この聖聡が実質上の開基である。

慶長3年1598、江戸城の拡張にともない家康により現在地に移された。 7世紀中頃は、広大な寺有地に120以上の堂宇、100軒を越える学寮が甍ぶきの屋根を並べる、とても大きな寺であったという。

ひとくちメモ

広大な境内である。 慶安年間1648-1652に建立された黒門は歴史を感じさせるものとなっている。 本堂は大殿の2階にあり、大殿1階は自由に出入りできる。阿弥陀如来像も拝む事ができる。

門前より都道409号線を100mほど南下すると、「旧台徳院霊廟惣門」がある。当寺とは無関係のようであるが、 本ページの最下部に記事を記す。

写真

  • 大殿(拡大)
    大殿(拡大) 
  • 大殿の扁額
    大殿の扁額 
  • 三解脱門(三門)
    三解脱門(三門) 
  • 三解脱門の扁額
    三解脱門の扁額 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 大殿一階の祭壇
    大殿一階の祭壇 
  • 阿弥陀如来 - 大殿一階の祭壇上
    阿弥陀如来 - 大殿一階の祭壇上 
  • 光摂殿
    光摂殿 
  • 光摂殿
    光摂殿 
  • 光摂殿の扁額
    光摂殿の扁額 
  • 経蔵
    経蔵 
  • 黒門
    黒門 
  • 黒門(拡大)
    黒門(拡大) 
  • 東京タワー
    東京タワー 
  • 旧台徳院霊廟惣門
    旧台徳院霊廟惣門 

旧台徳院霊廟惣門(仁王門)

旧台徳院霊廟惣門
旧台徳院霊廟惣門 

風格をのある仁王門である。案内板の内容を下に記す。

港区指定有形文化財 彫刻木造仁王像2躯

重要文化財「旧台徳院霊廟惣門」の左右に安置している寄木造り、砥粉地(とのこじ)彩色の仁王像で、方形の台座に乗った岩坐(いわくら)の上に立っています。

平成16年から17年に行われた修理の際に、胎内から修理銘札が発見され、 元は埼玉県北足立郡戸塚村(現在の川口市西立野)の西福寺(真言宗)仁王門に安置されていたもので、 寛政元年1789、弘化3年1847の二度にわたり修理が行われていることがわかりました。 さらに安政2年1855の暴風で破損したまま同寺の観音堂の片隅に置かれていたものを、 昭和23年1948、同寺三重塔の修理と同時期に3度目の修理が行われた後で、東京浅草寺に移されたことも記載されています。 その後の経緯は(つまび)らかではありませんが、昭和33年ごろまではこの惣門に安置されたと考えられます。

本像は18世紀前半までには江戸の仏師によって制作されたと推測され、江戸時代の仁王像として破綻のない作行き(さくゆき)を示す貴重な作品です。

像高
阿形:243.5cm 吽形:247.0cm

平成18年10月24日 港区教育委員会



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