仏旗 太寧山(たいねいざん) 瑞光寺(ずいこうじ) [瑞光禅寺] 臨済宗南禅寺派★★★  ZUIKOUJI ZEN TEMPLE 六地蔵塔 仁王門 大楠嬉野温泉 長崎街道嬉野宿 除夜の鐘を撞ける

  • 本堂
    本堂 
  • 伽藍配置図(門前の案内板)
    伽藍配置図(門前の案内板) 
住所・電話
〒843-0301 佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙1560 標高:77m MAP GMAP 0954-42-0271
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瑞光寺 - じゃらんnet
嬉野市史跡巡り2 太寧山 瑞光寺 長崎街道嬉野宿本陣跡 立岩展望台

歴史

門前の案内板の内容を下に記す。

長崎街道嬉野宿本陣跡

本山は禅宗臨済南禅寺派に属し応安2年1369 時の領主嬉野氏、本寺を創建、相州鎌倉巨福山建長寺住職、石室善玖禅師によって開山、領内に17の末庵を建立したが現在は東林庵(湯野田)、慈眼庵(上不動)の2庵が残るのみである。

長崎街道嬉野宿には藩営の上使屋があったが手狭で破損もひどかったので、嬉野家没後は蓮池藩の保護を受け、 明和2年1765から文久2年1862の96年間は長崎街道を往来する奉行の嬉野宿本陣として使用された。 今も地蔵堂には当時を物語る藩の紋章が入った瓦が残っている。

境内は4段に整備され、楼門を入れば老樹うっそうたる中、千古の歴史を秘めた寺堂の隆盛が偲ばれる。

本尊は木造の薬師如来で運慶の作と伝えれれている。

創建当時、寺は現在の地より100m足らず南側の宿場内にあった(現在のホテル桜の敷地内。この地区は「草場」と言われていた)。 その後、寺の堂塔が整備されるにつれ境内の狭さが痛感され、長禄年中1457-1460に3代住職天与和尚と嬉野氏2代通正との話し合いにより現在の地に移転されたという。(瑞光寺跡の案内板より。下写真参照。)

ひとくちメモ

正に案内板に記されている通り「楼門を入れば老樹うっそうたる中、千古の歴史を秘めた寺堂の隆盛が偲ばれる」名刹である。 ご参拝あれ。

特に作者のお気に入りは、地蔵堂に向って左手の平坦部である。 木々の下に小規模の観音堂・露座の観音像が多数あり。

総門-山門-地蔵堂-本堂への石段は鍵形に設置されている。本陣防御を意識したものかもしれない。

写真

  • 本堂前の風景
    本堂前の風景 
  • 観音堂
    観音堂 
  • 観音堂の扁額
    観音堂の扁額 
  • 観音堂脇の石塔
    観音堂脇の石塔 
  • 山門 - 境内から撮影
    山門 - 境内から撮影 
  • 山門 - 境内から撮影
    山門 - 境内から撮影 
  • 観音堂(地蔵堂脇の平坦部)
    観音堂(地蔵堂脇の平坦部) 
  • 観音堂内(如意輪観音)(地蔵堂脇の平坦部)
    観音堂内(如意輪観音)(地蔵堂脇の平坦部) 
  • 観音堂(地蔵堂脇の平坦部)
    観音堂(地蔵堂脇の平坦部) 
  • 地蔵堂脇の平坦部(観音堂・観音像が多数あり)
    地蔵堂脇の平坦部(観音堂・観音像が多数あり) 
  • 地蔵堂
    地蔵堂 
  • 総門 - 境内から撮影
    総門 - 境内から撮影 
  • 大楠
    大楠 
  • 山門(仁王門)
    山門(仁王門) 
  • 仁王像
    仁王像 
  • 仁王像
    仁王像 
  • 山門前の石塔(巻物の形をしている)
    山門前の石塔(巻物の形をしている) 
  • 山門前の石塔(巻物の形をしている)
    山門前の石塔(巻物の形をしている) 
  • 山門前の石塔(巻物の形をしている)
    山門前の石塔(巻物の形をしている) 
  • 放生池
    放生池 
  • 放生池
    放生池 
  • 放生池
    放生池 
  • 門前の風景
    門前の風景 
  • 総門
    総門 
  • 総門遠景
    総門遠景 
  • 喚鐘
    喚鐘 

瑞光寺跡地

  • 跡地
    跡地 
  • 跡地の六地蔵塔
    跡地の六地蔵塔 
  • 跡地の六地蔵塔(拡大)
    跡地の六地蔵塔(拡大) 
  • 跡地から現在の瑞光寺を望む(突き当りが現在の瑞光寺)
    跡地から現在の瑞光寺を望む(突き当りが現在の瑞光寺) 
  • 跡地から現在の瑞光寺を望む(突き当りが現在の瑞光寺)
    跡地から現在の瑞光寺を望む(突き当りが現在の瑞光寺) 
  • 跡地に居た猫ちゃん
    跡地に居た猫ちゃん