仏旗 瑠璃光山 東光寺(とうこうじ) [東光禅寺] 曹洞宗[未]  TOUKOUJI ZEN TEMPLE 佐賀城址 伊藤氏参拝済

住所・電話
〒840-0027 佐賀県佐賀市本庄町本庄東寺小路868 標高:4.9m MAP GMAP 0952-24-6774
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歴史

伊藤氏メモ平安時代の末頃から現在地に小堂があったが、鍋島清房(直茂の父)が、本庄村の千本松の館に在住の際、薬師如来、及び日月両天子の十二神を安置した観音堂を建立して、高傳寺の亀雲厖鑑和尚を招いて開山とした。直茂の時代に新たに、薬師堂及び厨子1基を建造した。

元和3年1617に至り、天林院(直茂の息女)らによって堂宇の改築をなし、前に直茂が造営した薬師の棟札は厨子の中に納め、以来秘仏として、今日まで伝わり、これを開帳したことがないと言う。しかし、改築された堂宇も、その後年を経て敗頽するに至り、宝永4年1707初めて仏殿に改修される(このときより東光寺と改称される)。文久年中1861~1863寺務の隆昌に向い、堂宇が狭小になり、境内の 拡張と本堂庫裏の改築をした。現第18世。(『かたりべの里本荘西分』『本荘の歴史』などより)()

佐賀新聞によれば、直茂の娘たちによる厨子の再建から400年の節目を迎え、18代住職の三浦祥善(みうらしょうぜん)氏(68)が開帳したところ、平安時代975-1192後期の制作とされた黒く焼け焦げた薬師如来(高さ:169.5cm)が見つかった。 ケヤキを彫ったとみられる一本造。 鑑定した県立博物館の竹下正博学芸員によると、薬師如来像は頭があまり大きくなく、体つきのバランスが良くて薄いのが平安時代の流行と一致する。木が湿気などでゆがみひび割れることを防ぐため、頭と背中に長方形の穴を開けて内部をくりぬく方法も平安の技術という。焼損前は180センチの高さだったとみられ、巨大な一木造りが後年に作られる例は少ないという。

厨子の高さ約2m、幅1.5m、奥行き約1m。 内部には薬師如来のほか、室町期から江戸頃の日光菩薩像・月光菩薩像・十二神将像も見つかったという。

厨子の窓はお盆過ぎまで開けて公開されるという。

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。


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