仏旗 平安山 龍泰寺(りゅうたいじ) [龍泰禅寺] 曹洞宗  RYUUTAIJI ZEN TEMPLE 佐賀新四国八十八ヶ所霊場第41番 佐賀城址 佐々木家 アカマツ六地蔵塔 十六羅漢 大隈重信の墓伊藤氏参拝済

  • 本堂(左3間右4間の非対称)
    本堂(左3間右4間の非対称) 
  • 楼門
    楼門 
  • アカマツ(佐賀の名木・古木、推定樹齢150年(平成28年時点))
    アカマツ(佐賀の名木・古木、推定樹齢150年(平成28年時点)) 
住所・電話
〒840-0042 佐賀県佐賀市赤松町2-4 標高:4.4m MAP GMAP 0952-23-7247
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Links
佐賀城下に残る幕末〜明治の歴史遺産をめぐる歴史散歩 - 【Y氏は暇人】
龍泰寺 | さがの歴史・文化お宝帳
龍泰寺 - Wikipedia

歴史

Linksのページによれば、永禄8年1565、肥前国の龍造寺隆信が、龍造寺氏の安泰を祈願し、大圭和尚を招聘して創建した寺である。寺号は「龍造寺安泰」の意によるという。

天正12年1584隆信が沖田畷で戦死したので、この寺に墓所を築き、夫人や子の政家夫妻も葬った。

その後隆信は宗龍寺に、政家夫妻の墓も高傳寺に移された。明治4年鍋島家において、多くの寺院に散在する龍造寺、鍋島両家の墓を高傳寺1か所に集めることになり隆信の墓も高傳寺に移された。

今は龍造寺の血脈伝える村田家の歴代の墓所のみが残る。本堂は、佐賀戦争で焼失を免れた佐賀城本丸の「玄関・式台等」解体されたものを用いて、大正初年頃に改築されたものである。

表門は明治初期の廃仏毀釈のおり、慶誾寺からこの寺に移築されたものという。

ひとくちメモ

伊藤氏メモ中門前に大隈重信の墓(大隈家の墓所)がある。さすが大隈候だけあって、墓所内の石燈籠には早稲田大学の銘がある。()

本堂の規模は此の地区で最大級と思われる。 境内の枝張りの良いアカマツの植え込みはしっかりと手入れされている。10本近くあるのではなかろうか? 朱色の楼門内には十六羅漢像が安置されている。 六地蔵塔も3基みられる。

寺の東側は佐賀城の堀となっている。堀端の楠の大木の並木は壮観である。 寺周辺で見られた動物たちの写真はこちら

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 遠景 - 寺の西側より撮影
    遠景 - 寺の西側より撮影 
  • 参道口
    参道口 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 六地蔵塔(いつも見るものと少し異なる)
    六地蔵塔(いつも見るものと少し異なる) 
  • 六地蔵塔(脚部が無い)
    六地蔵塔(脚部が無い) 
  • 僧形の石像
    僧形の石像 
  • 六地蔵塔
    六地蔵塔 
  • アカマツ
    アカマツ 
  • 本堂前のカエデ
    本堂前のカエデ 
  • 十六羅漢 - 楼門内
    十六羅漢 - 楼門内 
  • 十六羅漢 - 楼門内
    十六羅漢 - 楼門内 
  • お堂(「立ち入り禁止」の表示があり、主は確認できなかった。)
    お堂(「立ち入り禁止」の表示があり、主は確認できなかった。) 
  • 参道
    参道 
  • 大隈家の墓所
    大隈家の墓所 
  • 大隈重信の墓 - 大隈家の墓所内
    大隈重信の墓 - 大隈家の墓所内 
  • 矢竹の生垣
    矢竹の生垣 
  • 門前の風景(寺の脇の電柱に「龍泰寺小路」の表示あり)
    門前の風景(寺の脇の電柱に「龍泰寺小路」の表示あり) 
  • 寺の東側の佐賀城の堀(楠の巨木の並木。必見!!)
    寺の東側の佐賀城の堀(楠の巨木の並木。必見!!) 
  • 寺の東側の「西御門端」
    寺の東側の「西御門端」 

動物たち

  • カササギ - 寺の裏手で撮影
    カササギ - 寺の裏手で撮影 
  • カササギ - 寺の裏手で撮影
    カササギ - 寺の裏手で撮影 
  • カモ - 寺の西側のクリークにて撮影
    カモ - 寺の西側のクリークにて撮影 
  • カモ - 寺の西側のクリークにて撮影
    カモ - 寺の西側のクリークにて撮影 
  • 門前のネコちゃん
    門前のネコちゃん 

関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)