仏旗 春日山 高城寺(こうじょうじ) [高城護國禪寺・高城禅寺] 臨済宗東福寺派  六地蔵塔 蔵山順空像 順空(円鑑禅師)川上峡温泉 伊藤氏参拝済

  • 遠景
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  • 本堂
    本堂 
住所
〒840-0202 佐賀県佐賀市大和町大字久池井3625 標高:59m MAP GMAP  
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歴史

Linksのページによれば、文永7年1270に創建。開山は順空(円鑑禅師)。 元弘3年1333後醍醐天皇より勅額や綸旨を賜り、以来、勅願寺として肥前国の名刹であった。 正平7年1352戦火の為焼失。 その後、征西将軍懐良親王によって再建されたが、永禄12年1569大友氏が佐賀を襲ったとき再び焼失した。龍造寺隆信・鍋島直茂などの崇敬を受け歴代藩主の祈願寺であった。 明治の廃仏毀釈により寺領を失い衰退。 平成17年200510月1日に林静夫城徳寺住職(高城寺住職兼任)により本堂落慶、再建される。 順空が東福寺上京の際に弟子たちが別れを惜しんで造立されたとされる蔵山順空像は国の重要文化財として、佐賀県立博物館に安置されているという。

陀羅尼堂近くの石碑によれば、本堂に向って左手の尾根一帯は「陀羅尼堂」と呼ばれ、室町期-戦国期の五輪塔・宝篋印塔・歴代住職の卵塔などがある墓地であったという。 現在もその地には、三界万霊塔他多数の墓石が点在している。

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ひとくちメモ

裏手は春日山。前は池である。境内には妙見神社が鎮座している。 本堂・本堂前の石段・参道口の門柱は真新しい。 特に、本堂前の石段は凝った造りとなっている。 石段のビッチ・段差が一段ごとに異なっている。 何か計算されたもののようである。(詳細不詳)


写真

  • 本堂
    本堂 
  • 参道口
    参道口 
  • 遠景-陀羅尼堂より撮影
    遠景-陀羅尼堂より撮影 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂前の石仏
    本堂前の石仏 
  • 本堂前の石仏
    本堂前の石仏 
  • 六地蔵塔
    六地蔵塔 
  • 六地蔵塔(拡大)
    六地蔵塔(拡大) 
  • 陀羅尼堂の三界万霊塔
    陀羅尼堂の三界万霊塔 
  • 陀羅尼堂
    陀羅尼堂 
  • 陀羅尼堂
    陀羅尼堂 
  • 本堂前の石段
    本堂前の石段 
  • 本堂前の石段
    本堂前の石段 
  • 本堂前の石段
    本堂前の石段 
  • 本堂前の草原に立つ石塔
    本堂前の草原に立つ石塔 
  • 本堂前の草原に立つ石塔
    本堂前の草原に立つ石塔 


現地案内板

伊藤氏メモ現地案内板の内容を下に記す()

臨済宗東福寺派春日山高城護国禅寺(御本尊宝冠釈迦如来)

本寺は文永7年1270鎌倉幕府執権北条時宗が敷地山林を寄進し、久池井の地頭国分次郎藤原忠俊(尊光)によって創建された。開山は順空、後の円鑑禅師である。

元弘3年1333には、足利尊氏から当寺院への如何なる者を問わぬ濫妨・狼藉の禁止、犯した者の重科を定めた禁制案が下されるとともに、後醍醐天皇より勅額や綸旨を賜り、以来、勅願寺として歴代朝廷の帰依も厚く、また幕府の祈願所としても尊ばれた。 多くの寺領・田畑・山林300haを有し、塔頭・伽藍が立ち並び、聖地としてまた肥前国内の名刹として有名であった。

正平7年1352さしもの輪奐の美を誇った堂宇も戦火のため焼失し、その後、征西将軍・懐良親王によって再建されたが、200年を経た永禄12年(1569)大友氏が佐賀を襲ったとき再び焼失した。

龍造寺氏のときになって、隆信公の崇敬を受け、肥前国における臨済宗本山としての地位を得、末寺も多く、鍋島直茂公は寺地山林を寄進し、歴代にわたり藩主の祈願寺として続いたが、明治維新の廃仏毀釈により寺領を失い衰退し、近年は寺跡のみをとどめていたが、平成17年10月1日に本堂落慶に至った。

なお、順空が東福寺上京の際に弟子たちが別れを惜しんで造立したとされる蔵山順空像は国指定重要文化財として佐賀県立博物館に安置され、寺院にまつわる古文書は佐賀県立図書館に厳重に保管・管理されている。

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