bukki 金刀比羅神社(こんぴらじんじゃ) 神道 ☆☆☆

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〒849-0906 佐賀県佐賀市金立町3349   標高:79.8m MAP GMAP 0952-98-1237 
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歴史

御祭神は神産巣日大神(守護神)、大国主大神(主神)、多紀理津毘売神(弁財天)、少名彦大神、事代主大神(恵比寿神)、建御名方大神、金山彦大神、以上7柱。

天平神護元年(764)肥前国々司が四国金刀比羅宮(香川県)の分神を勧請、肥前国金刀比羅宮総座の宮・金刀比羅大将大権現と尊称して奉祠された。堂宇は荘厳華麗にして七堂伽藍を備えていた。

数次の戦禍のため、天正3年(1575)、堂宇は灰燼と化した。

天正5年(1577)龍造寺隆信が社殿を再建。以来、龍造寺鍋島の直願社として繁栄した。 朝鮮の役・島原出陣等々での海上守護・武運隆昌祈願成就の奉賛の為、山林27町余が奉納され、別当寺として観音寺一乗院[1]が建立された。

第5代藩主鍋島宗茂は享保17年(1732)若君宗教(6代藩主)の大病平癒、祈願成就奉賛の為、荘厳美麗な神殿を建立して権現原より当社へ遷宮すると共に併せて佐嘉城本丸に奉祀中の東照宮も当社へ遷宮して本支藩挙って金宝を奉納するなど崇敬の誠を尽した。

明治維新により社地は境内地を若干残し上地となる。

大正6年(1917)瓦葺を桧皮葺に、昭和37年(1962)桧皮葺を銅板葺に葺き替え、平成16年(2004)神殿新築建立。

当社には宮地嶽神社が合祀されている。 天保13年(1842)10代藩主鍋島直正が福岡県福間鎮座の御分神を祀ったもの。(以上 境内の案内板より)

ひとくちメモ

一の鳥居から社殿のある平坦面まで石段は120段前後。(別ルートから社殿脇の駐車場まで車でも参拝可。) 境内からは佐賀市内の眺望はなかなかのものである。 案内板によれば、正面に有明海、雲仙普賢岳(長崎県)・南東に荒尾四ツ山(熊本県)・東に久留米筑後平野(福岡県)を見渡すことができるという。

参道口の門柱の裏手に地蔵菩薩・社殿に向って左手に馬頭観音が祀られている。 いずれもひっそりと。。。

写真

  • ニの鳥居
    ニの鳥居 
  • 馬(ニの鳥居の裏手)
    馬(ニの鳥居の裏手) 
  • 参道口
    参道口 
  • 門柱の裏にひっそりと立つ地蔵菩薩
    門柱の裏にひっそりと立つ地蔵菩薩 
  • 石祠・石塔・石仏群
    石祠・石塔・石仏群 
  • 佐賀市内の町並み - 社殿を背にして撮影
    佐賀市内の町並み - 社殿を背にして撮影 
  • 遠景(金刀比羅神社は写真中央)
    遠景(金刀比羅神社は写真中央) 

脚注

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