仏旗 新成田山 覚盛寺(かくせいじ) 真言宗豊山派[未]  KAKUSEIJI TEMPLE 火渡り 伊藤氏参拝済

住所
〒840-0861 佐賀県佐賀市嘉瀬町中原349 標高:5.2m MAP GMAP
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新成田山 覚盛寺 | 「有重不動尊」 佐賀市嘉瀬町にあるお不動様のお寺です

歴史

伊藤氏メモ墓地や檀家は無く、信者さんの信仰により支えられてきた寺院である。

初代覚盛上人の開山。専ら加持祈祷の効験で知られたが、第2世遷化の後に無住となり、その後は真言宗豊山派宗務総長の預かりとなっていたが、現在は第5世。

初代蒲原覚盛上人は中年の頃に難病に罹り、医薬の効なく悲嘆に暮れていたが、弘法大師を信仰し佐賀新四国や篠栗霊場を参拝するうちに御陰を頂き病気が平癒したという。 覚盛上人はこの不思議によって更に信仰を深め、また仏の慈悲に感謝するため守り本尊であった不動明王に一心に祈りを捧げていたところ、病気が治ってから5年後の大正14年1925に不動尊から透視霊感及び利剣の霊気術を授けらた。上人はこの加持力によって難病に苦しむ人を救い、不運に悩む人を導くようになり、序々に信徒が集まるようになった。そして佐賀県鹿島市の誕生院にて当時の住職・小林正盛大僧正(総本山長谷寺第66世化主)の弟子となり正式に僧侶となった。

昭和2年1927には三間五間の本堂が落慶し更に多くの信徒が集まるようになったが、これも手狭となるにおよび昭和15年1940に七間四面の現本堂が建立された。

不動の利剣による御加持の効験は広く県外にも聞こえ、大祭の時には数百人からの信徒で本堂は一杯になったという。当山の本尊不動明王が利剣を振り上げた独特のお姿をしておられるのは、覚盛上人が感得されたものであり、覚盛上人ご自身が加持をするときの姿でもある。(「覚盛寺HP」より)

県外からも参詣者が多いお不動さんである。寺の境内には弘法大師88体の石仏・観世音菩薩・延命地蔵尊・大黒天・蛭子尊などの石仏が整然としている。(『嘉瀬町の見どころ22選』より)()

ホームページによれば、毎年、1月28日の「初不動縁日」には柴燈大護摩火渡り修行が行われている。

ひとくちメモ

伊藤氏メモ九州唯一の真言宗豊山派(ぶざんは)の寺院である。 北側にある山門から入ると、すぐ右手に大きな観世音菩薩像大聖不動明王像高祖弘法大師像が並び立っている。いずれも6~7mはあろうかというもの。 壮観である。 本堂は、昭和15年1940の建立であり、老朽化が目立ってきている。 本堂南向こうに立つ、赤く燃えさかる火炎を後背とした不動明王像は10m以上もあろうかという大きな像で、遠くからも視界に入る。圧倒されてしまう存在の巨大不動明王像である。広い境内には、お滝場や藤棚なども見られる。()



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