bukki 隣江山 宝光院(ほうこういん) [寶光院] 天台宗 ☆☆☆ 佐賀新四国八十八ヶ所霊場第23番

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〒840-2101 佐賀県佐賀市諸富町大堂1363   標高:4.4m MAP GMAP 0952-47-6032 
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歴史

伊藤氏メモ創建は天文23年1554、開基は龍造寺純家。龍造寺隆信のとき、寺領300石をうけ、純家の第3子源覚を中興開山とし、藩内宗門の領頭となり堂宇を建立した。比叡山延暦寺の九州台徒灌頂の祭場で、当国鎮護結願の道場でもあった。

慶長2年1597佐賀城の築城にあたって、第4世源昌は比叡山より豪仙大僧正を請じて地鎮祈祷を執行した。 次いで慶長4年1599城閣の普請竣工にあたって、城主直茂は再び源昌に命じて鎮家祈祷の大典を修した。爾来藩主の崇尊厚く当寺の改築の際には数金の工費が下附された。

当寺には、天台宗伝教大師・真言宗弘法大師の合筆といわれる不動尊があり1000余年前のものと推定されている。また天保4年1833の作と思われる石造大黒天像等がある。[1](以上 『諸富町史』より)(2019-04-02)

佐賀新四国八十八ヶ所霊場第23番。

ひとくちメモ

境内には本堂・庫裡・仏堂がみられる。 本堂の前には樹名不詳の木があり、その根本には大黒天(天保4年1833の作と思われるものか?)がある。本堂の前には元三大師(がんざんだいし)の絵札(「現作魔王」と表記)が掲示されている。

境内の北西の隅には歴代住職の墓所がある。

写真

  • 本堂(左手)と庫裡(右)
    本堂(左手)と庫裡(右) 
  • 山門
    山門 
  • 大黒天(天保4年(1833)の作と思われるものか?) -本堂前の木の根本
    大黒天(天保4年(1833)の作と思われるものか?) -本堂前の木の根本 
  • 境内の石塔・石仏
    境内の石塔・石仏 
  • 手水鉢(台座に嘉永7年(1854)銘) -本堂前の木の根本
    手水鉢(台座に嘉永7年(1854)銘) -本堂前の木の根本 
  • 本堂前の木(樹名不詳)
    本堂前の木(樹名不詳) 
  • 本堂 - 境内裏手(西側)より撮影
    本堂 - 境内裏手(西側)より撮影 
  • 寺脇(東側)の麦畑
    寺脇(東側)の麦畑 
  • 門前の風景 - 山門を背にして撮影
    門前の風景 - 山門を背にして撮影 
  • 門前の野仏(観音菩薩と思われる)
    門前の野仏(観音菩薩と思われる) 
  • 寺西側の商店(前方に山門が見える)
    寺西側の商店(前方に山門が見える) 

仏堂

仏堂
仏堂 
仏堂内
仏堂内 
仏堂内の祭壇(「来迎」を表していると思われるが詳細不明)
仏堂内の祭壇(「来迎」を表していると思われるが詳細不明) 

仏堂は施錠されており、ガラス越しの参拝となった。

祭壇には中央に蓮の花を持った観音像。その周辺には多数の天女と思われる像が配置されている。 所謂「来迎図」の構図であるが、子細は不詳。かなりの古仏と思われる。


歴代住職の墓所

入口 - 歴代住職の墓地
入口 - 歴代住職の墓地 
墓碑群 - 歴代住職の墓地
墓碑群 - 歴代住職の墓地 
住職達の石像と思われる - 歴代住職の墓地
住職達の石像と思われる - 歴代住職の墓地 
全景 - 歴代住職の墓地
全景 - 歴代住職の墓地 

境内の北西の隅にある。

大きな五輪塔・住職達のものと思われる石像など多数みられる。 「比叡山延暦寺の九州台徒灌頂の祭場」と言われるとあってかなり大規模なものである。


脚注

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