torii 掘江神社(ほりえじんじゃ) [神野の掘江大明神] 神道 ☆☆☆ 肥前鳥居 伊藤氏参拝済

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〒840-0805 佐賀県佐賀市神野西2丁目2-8   標高:7.1m 地図 GMAP 0952-30-6219 
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歴史

祭神:景行天皇、神功皇后、上筒男神、中筒男神、底筒男神、他9柱

社伝によれば、景行天皇の皇子小碓尊(おうすのみこと)(後に日本武尊)が熊襲征伐の時、肥前小津の入江にご碇泊、新たに小江を掘った所に竜造船をつなぎ、その中で熊襲征伐の軍議をはかり、この小江を掘ったところに神社を祀り、「神野の掘江大明神」と称えたという。(Links① より)

当社には67体の神像が伝えられている。 蒙古来襲のとき、後宇多帝が納めたものと伝わる。 神像は全て一木彫で中世のころの作と推定される。佐賀市重要有形文化財。

当社に伝わる浮立は「玄蕃一流(げんばいちりゅう)」と呼ばれ、弘治2年(1556)、大宮司山本玄蕃が大干ばつによる雨乞祈願のため、当社に奉納したことに始まると言われる。 今日なお伝承されている富士町の天衝舞浮立や上方蜂町の米多浮立はいずれも山本玄蕃が始めたものと言われている。(以上 境内の2つの案内板より)

三の鳥居は肥前鳥居である。柱にびっしり文字が刻まれているが、奉納年などは判読不可。

町名「神野」は「こうの」と読む。

ひとくちメモ

一の鳥居(参道口)は県道267号線沿いにある。そこから150mほどの一直線の参道である。 ニの鳥居・三の鳥居(肥前鳥居)・神門をくぐれば、拝殿の正面に出る。

社殿の前には少し大きめの肥前狛犬が鎮座。社殿の両側面、裏手には多数の石祠がずらっと祀られている。その中には仏に関連するものと思しきものもあったような気がする。画像は無いが、西側の駐車場の脇には頭部が無く、代わりに石がのせられた仏像2体もみられる。

神殿脇には樹齢600年と言われるイチョウの大木がみられる。 境内全般、木々に包まれているが、開放感を感じる神域である。 東隣りに掘江保育園が併設されているようだ。

写真

  • 神殿
    神殿 
  • 一の鳥居
    一の鳥居 
  • ニの鳥居
    ニの鳥居 
  • 三の鳥居(金属で補強されている)
    三の鳥居(金属で補強されている) 
  • 三の鳥居の正面から見て右側の柱(びっしり文字が刻まれているが奉納年号などは判読不可)
    三の鳥居の正面から見て右側の柱(びっしり文字が刻まれているが奉納年号などは判読不可)  
  • 三の鳥居の正面から見て左側の柱(びっしり文字が刻まれているが奉納年号などは判読不可)
    三の鳥居の正面から見て左側の柱(びっしり文字が刻まれているが奉納年号などは判読不可) 
  • 肥前狛犬(かなり大型) - 拝殿前
    肥前狛犬(かなり大型) - 拝殿前 
  • 肥前狛犬(かなり大型) - 拝殿前
    肥前狛犬(かなり大型) - 拝殿前 
  • 境内風景(左右に肥前狛犬) - 拝殿を背にして撮影
    境内風景(左右に肥前狛犬) - 拝殿を背にして撮影 
  • 神殿脇のイチョウ(推定樹齢600年。昭和51年時点)
    神殿脇のイチョウ(推定樹齢600年。昭和51年時点) 
  • 遊具の向こうの石祠群
    遊具の向こうの石祠群 
  • 石祠群
    石祠群 
  • 石祠(祀られているのは仏像と思われる。石祠側面には「弘化二乙巳(1845)七月廿三日」銘)
    石祠(祀られているのは仏像と思われる。石祠側面には「弘化二乙巳(1845)七月廿三日」銘) 

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