bukki 妙見山慶正寺 本荘院(ほんしょういん) 天台宗 ☆☆☆ 佐賀新四国八十八ヶ所霊場第57番

住所・電話
〒840-0027 佐賀県佐賀市本庄町本庄1147   標高:6.8m MAP GMAP 0952-26-1180 
検索
同地区同宗派(15)  4km以内  周辺のスポット(23)  Links(5)

歴史

伊藤氏メモ創建は、欽明天皇(539-571)の昔と言われる。開基開山等は定かではない。現在地本庄に天台宗寺院として相当古くからあったこと、当院が本庄神社(当院東側)の本地であったことだけは、当院の由緒記録で推察されるという。

鍋島時代に入ると、佐賀藩祖鍋島直茂ほか累代の祈願寺として保護された。

承応2年(1653)に中興の盛順が示寂しているが、これ以前の歴代住持の記録は見当たらない。これは、当院が過去数回にわたり火災にあっているからであろうと推測される。(『佐賀百寺巡拝』より)()

参道口の文字の消えかかった案内板によれば、第4代佐賀藩主・吉茂(1664-1730)の代に「方除[1]で有名な元三大教師自筆の尊像で」祈願したところ霊験(あらた)かであった為、佐賀藩の方除祈願所としてお守り授与の特権を与えられたという。

佐賀新四国八十八ヶ所霊場第57番

ひとくちメモ

参道口より細い山道を30mほど進むと境内である。正面は広大な広場となっている(駐車場のようだ)。右手には石塔・石仏・石祠群がみられるが、少し荒れているように見える。 広場の奥が本堂。向って右手に小堂はある。

当寺の参道口は本庄神社のニの鳥居のすぐ西側である。作者のGoogle Mapのナビでは寺の裏手に案内され参道口を探すのに一苦労。参道口には消えかかった案内板が設置されてはいるが目立たない。ご用心。

写真

  • 玄関
    玄関 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂脇のお堂(施錠されており内部は拝めない)
    本堂脇のお堂(施錠されており内部は拝めない) 
  • 霊場札「佐賀新四国第57番札所」- 本堂脇のお堂
    霊場札「佐賀新四国第57番札所」- 本堂脇のお堂 
  • 山門
    山門 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 境内の石塔群(かなり荒れている)
    境内の石塔群(かなり荒れている) 
  • 境内の石祠・石仏群
    境内の石祠・石仏群 

本庄神社

参道口(左手の自転車が通っている所。右手は本庄神社)
参道口(左手の自転車が通っている所。右手は本庄神社) 
社殿- 本庄神社
社殿- 本庄神社 
ニの鳥居 - 本庄神社
ニの鳥居 - 本庄神社 
神殿と拝殿 - 本庄神社
神殿と拝殿 - 本庄神社 
大楠 - 本庄神社
大楠 - 本庄神社 
門前の風景(手前の鳥居はニの鳥居。一の鳥居は赤丸の位置)- 本庄神社
門前の風景(手前の鳥居はニの鳥居。一の鳥居は赤丸の位置)- 本庄神社 
ニの鳥居と石橋 - 本庄神社
ニの鳥居と石橋 - 本庄神社 
大楠 - 本庄神社
大楠 - 本庄神社 
大楠- 本庄神社
大楠- 本庄神社 
地蔵菩薩(台座に「鍋島閑叟(直正。佐賀藩10代藩主)公尊信の地蔵菩薩」)と尊名不詳(台座に「大乗妙典三千部」)の石仏 - 本庄神社
地蔵菩薩(台座に「鍋島閑叟(直正。佐賀藩10代藩主)公尊信の地蔵菩薩」)と尊名不詳(台座に「大乗妙典三千部」)の石仏 - 本庄神社 

欽明天皇25年(564)創建。永正9年(1512)鍋島清久(直茂の祖父)が再興し天文2年(1533)その子清房が建立した。

境内に立つ数本の大楠は見事。

社殿に向かって左手前の大楠の脇には台座に「鍋島閑叟(直正。佐賀藩10代藩主)公尊信の地蔵菩薩」と刻まれた地蔵菩薩と台座に「大乗妙典三千部」と刻まれた首のない石仏が見られる。神仏習合の名残である。

鳥居は2基あり、一の鳥居より100m南の道路脇に立っている。両鳥居とも肥前鳥居である。 お見逃しなく。肥前鳥居が2基同一神社に現存しているのはなかなかお目にかかれない。


脚注

周辺のスポット(4km以内)

周辺の寺院・仏教施設は当ページの上部の検索の項の「4km以内」のボタンをご利用下さい。