仏旗 肥前国分尼寺跡(ひぜんこくぶにじあと) [法華滅罪之寺] 不詳  FORMER HIZEN-KOKUBUNIJI TEMPLE 肥前国庁跡 伊藤氏参拝済

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住所
〒840-0201 佐賀県佐賀市大和町大字尼寺 標高:12.5m MAP
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肥前国分尼寺(城郭放浪記)

歴史

現地案内板の内容を下に記す。

肥前国分尼寺跡

天平年間729-749聖武天皇の勅願によって、ここ一帯に法華滅罪寺(ほっけめつざいのてら)を建立した。 寺域に金堂、講堂、僧房、塔等の伽藍配置を行いその広さは、1町108m四方で囲まれていた。 当時寺には、約10人の尼僧が国家安寧の祈願読経を行っていたと言われている。 その後、時代の変化に伴い衰退し明治時代には、ついに廃寺となった。 現在は、工場や住宅等に変わり昔の面影はない。

平成13年3月 大和町

ここより道沿いに300mほど東には、肥前国分寺があった。

ひとくちメモ

境内と思われる領域はかなり狭い。 道端に案内板・石塔・石仏・墓碑などが並べられているだけで、礎石など過去の遺構などは確認できない。

案内板の裏手に「不動山」「正覺寺」と刻まれた一対の門柱が倒れたまま放置されている。 ここからは推測であるが、この国分尼寺の衰退後ここにはこの「正覺寺」が出来てそれも近年廃寺となったのではなかろうか? 道端にある多数の墓碑に「當山中興住高城・・・」「碧深道■■元禅師」「享保151730」 などと刻まれたものが確認できる。 これらの墓標から推測するとその「正覺寺」は禅寺であったようである。

写真

  • 石塔と石仏 - 道端
    石塔と石仏 - 道端 
  • 石塔・墓碑群 - 道端
    石塔・墓碑群 - 道端 
  • 二十三夜尊碑
    二十三夜尊碑 
  • キンモクセイ - 案内板の裏手
    キンモクセイ - 案内板の裏手 
  • 放置されている「不動山」 「正覺寺」の門柱 - 案内板裏手
    放置されている「不動山」 「正覺寺」の門柱 - 案内板裏手 
  • 案内板の前で散歩する保育園児と出会いました。(みんなそろって「こんにちは」と言ってくれました。)
    案内板の前で散歩する保育園児と出会いました。(みんなそろって「こんにちは」と言ってくれました。) 


関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)