bukki 護国長尾山(ごごくながおさん) 福満寺(ふくまんじ) [福満密寺] 真言宗御室派 ★☆☆ 六地蔵塔 肥前鳥居 伊藤氏参拝済 佐賀新四国八十八ヶ所霊場第37番

住所・電話
〒840-0011 佐賀県佐賀市北川副町江上345   標高:5.2m MAP GMAP 0952-24-7940 
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歴史

延暦23年(804)伝教大師入唐に際して発願した寺と言われ、初め天台宗であったが、後に、真言宗御室派に属した。名前の由来は、長尾の鳥が、「福、福」と鳴いたことにちなんで付けられた。

毎年5月7日から15日まで、お経会(おきょうえ)が行なわれ、県下から多くの参拝客が参詣に集まり、道端には出店が並んで、非常に賑やかであった。 後に、川上の実相院で始まったお経会に、参拝者が移ったりして、戦後は、昔ほどの賑わいはなく、日時も今は5月1日から5日までに変更されている。正月には、大般若さんが、第2日に行なわれている。お経会は、三界万霊の供養と参詣者の仏縁、塔婆供養も行なわれる。

「紙本著色福満寺古図」[1]「長尾山年譜(5冊)」(いずれも佐賀県重要文化財)(以上 Links① より)

当地より西側直線距離で600mほどに鎮座している日枝神社は当寺の鎮守として創建された。

ひとくちメモ

伊藤氏メモ集落の外れに竹林や樹木に囲まれ一画をなしている。本堂右前にはかなり大きく立派なソテツがある。境内には、如意輪観世音菩薩を祀った小祠もある。()

参道口は寺の南側にあるようだ。道標が設置されている。参道は一直線である。100mほど進むと、樹名不詳の大木があり、そのすぐ先には大乗妙典面國之塔が立っている。上部には弘法大師と思しき仏像が浮彫にされている。すぐ先の石橋を渡り門柱を左右に見て境内に入る。 この長い参道は、お経会で賑わっていた頃は出店が並び立っていたのだろう。

広い境内には大日如来をはじめ如意輪観音他、多くの石仏を拝むことができる。 樹名不詳の大木の脇には恵比寿像が見られる。

写真

  • 参道口
    参道口 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 観音堂(如意輪観音が祀られている)
    観音堂(如意輪観音が祀られている) 
  • 大日如来(向かって右手に六地蔵塔)
    大日如来(向かって右手に六地蔵塔) 
  • 六地蔵塔
    六地蔵塔 
  • 六地蔵
    六地蔵 
  • 境内の石仏群
    境内の石仏群 
  • お堂(神様が祀られているようだ) - 本堂に向かって左手の墓地の中
    お堂(神様が祀られているようだ) - 本堂に向かって左手の墓地の中 
  • 大乗妙典面國之塔 - 参道途中
    大乗妙典面國之塔 - 参道途中 
  • 大乗妙典面國之塔の上部(弘法大師?が浮彫にされている)
    大乗妙典面國之塔の上部(弘法大師?が浮彫にされている) 
  • 喚鐘
    喚鐘 

日枝神社(ひえじんじゃ)

大同元年(806)、伝教大師が当地に自ら山王・八王子の神像を彫り、当地に奉斎して福満寺の鎮護の神とした。 これが日枝神社の起源である。入唐して帰朝後、比叡山を建立した直後のことである。

その後、戦乱の為焼失。元亀年中、龍造寺氏によって再興された。 慶長年中(1596-1615)、鍋島直茂が宝殿・拝殿・神門・鳥居を造営した。 以来、藩主の尊崇は変わることがなかった。(以上 境内の案内板より)

境内には肥前鳥居が1基みられる。


参道脇の恵比寿

参道脇の恵比寿像(草木に覆われている)
参道脇の恵比寿像(草木に覆われている) 

樹名不詳の大木の脇に鎮座。恵比寿像の周辺だけ草木が茂っている。

その為か、尊像には苔が生えている。

佐賀市内ではおなじみの恵比寿像だが、お寺の参道の途中で見るのはちょっと珍しい。


脚注

関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)

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