torii 天山神社岩蔵下社(てんざんじんじゃいわくらしもしゃ) [肥前國三之宮] 神道 ★☆☆ 肥前鳥居 肥前國三之宮第4番

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〒845-0003 佐賀県小城市小城町岩蔵2348   標高:66.8m MAP GMAP
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歴史

当社に起源については、天山神社上宮の歴史の項を参照のこと。

祭神:多紀理姫命(たきりひめのみこと)市寸島姫命(いちきしまひめのみこと)多紀都姫命(たきつひめのみこと)

天正18年(1590)に鍋島直茂により社殿が再建された。 慶長17年(1612)佐賀藩祖鍋島直茂・初代勝茂・小城藩初代元茂・神代家良によりニの鳥居(肥前鳥居)が寄進される。 寛文5年(1665)小城藩2代藩主鍋島直能により一の鳥居(肥前鳥居)[1]を建立・寄進される。 元禄11年(1698)、鍋島直能は茅葺を瓦葺として遷宮の式典を行う。

祭礼は毎年5月1の御田祀。10月15日の祭礼(供日)が知られる。 10月15日の祭礼[2]は天正(1573-1592)以来、小城郡7郷と多久納所で大行事・小行事に分かれ隔年に注連元を勤めてきたが、 島原の乱(1637-1638)のとき小城藩家老家永助左衛門は当社に戦勝祈願をし、祈願成就のため小城郡7郷と納所を二つに分け両注連元で石木刈より行列をしたてて参詣することが例となったという。 岩蔵6ケ村は注連元から除いて、前日の10月14日夜に浮立・狂言を興行するのを例とした。(以上 社殿前の案内板(平成22年8月 小城市教育委員会)より)

ひとくちメモ

岩倉天山神社は天山神社岩蔵下社の前に鎮座している。 本殿には鍋島家家紋「杏葉」が掲げられている。 案内板によれば、鍋島家ゆかりの神社とのこと。 一の鳥居は寛文5年(1665)鍋島直能、ニの鳥居は慶長17年(1612)直茂、勝茂、元茂により寄進されたものという。 一の鳥居は残念がなら新しいものと取り替えられている。ニの鳥居はおそらく当時のままでどっしりとした肥前鳥居である。

一の鳥居脇には「水車小屋盛業時跡」の石碑が建っている。 碑文によれば、電気が普及する前はこの地区では100余の水車小屋があり、精米・製粉が盛んであったという。

写真

  • 鍋島家家紋「杏葉」
    鍋島家家紋「杏葉」 
  • ニの鳥居
    ニの鳥居 
  • ニの鳥居-本殿を背にして撮影
    ニの鳥居-本殿を背にして撮影 
  • 天山神社岩蔵下社境内の大イチョウ-神社境内から撮影
    天山神社岩蔵下社境内の大イチョウ-神社境内から撮影 
  • 水車小屋盛業時跡の石碑
    水車小屋盛業時跡の石碑 

関連寺社(※過去に関連していた寺社も含みます。必ずしも現在関連している寺社とは限りません。)

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脚注