heritage 長教山(ちょうきょうさん) 修善院(しゅぜんいん) 日蓮宗 ☆☆☆

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〒845-0022 佐賀県小城市三日月町久米1195   標高:22.7m 地図 GMAP 0952-73-3739 
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歴史

伊藤氏メモ延文4年(1359)の創立、開山は智観房日貞上人。日貞上人は下総千葉大隅守・平胤貞の子で、幼少より中山法華経寺第2世日高上人の弟子となり、法兄の法華経寺第3世・浄行院日祐上人の委嘱を受けて松尾山光勝寺を開創し、九州総導師職に就き、盛んに布教活動を行った。延文年間(1356-1360)に松尾西谷に本福寺・修善院を開創し、光勝寺末寺とした。

日貞上人は光勝寺第2世となるも、晩年下総中山に還って法宣院を開創し、実兄である日胤上人を開山に迎え、日貞上人は法宣院第2世となった。

寛永3年(1626)修善院第10世日継上人の代に、佐賀藩祖鍋島直茂の正室陽泰院の帰依を受けて、現在地平井に境内地5反20歩と25石の寺領を賜り、移転再興した。長教山の山号は、陽泰院の父・石井常延(日教)、母・蓮華院(日長)の法名にちなむ。以来、廃藩に至るまで、当寺は鍋島氏・石井氏の保護を受けた。

第32世日秀上人の代より堂宇の改築を行い、昭和54年(1979)第34世大平智塋上人の代に現在の本堂・納骨堂・鬼子母神堂等が新築されて寺観一新となった。現在は、「平井の鬼子母神様」のお寺として有名である。また、昭和34年大平智塋上人は、たちばな保育園を設立し今日に至る。

寺宝としては、浄行院日祐上人の手紙・慶長18年(1613)作の釈尊像・身延山久遠寺第73世新居日薩上人の本尊等がある。(「日蓮宗佐賀県宗務所/HP」などより)()

『佐賀県の歴史散歩』によれば、 この寺一帯が、中世千葉氏の平井館(ひらいやかた)と推定されるという。

ひとくちメモ

本堂に掛けられている山号額の書体は独特なもの。 本堂の前の手水舎には椅子とテーブルが設置されている。ありがたい。

写真

  • 本堂
    本堂 
  • 本堂の山号額(独特の書体)
    本堂の山号額(独特の書体) 
  • 全景
    全景 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 本堂前の手水舎(椅子とテーブルが設置されている)
    本堂前の手水舎(椅子とテーブルが設置されている) 
  • 喚鐘
    喚鐘 

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