仏旗 金粟山(こんぞくざん) 玉毫寺(ぎょくこうじ) [玉毫禅寺] 黄檗宗  GYOKUKOUJI ZEN TEMPLE 小城公園 小城藩主3、6、9代の墓所 小城新四国霊場第19番

  • 表札碑(存在感のある書体である)
    表札碑(存在感のある書体である) 
  • 本堂
    本堂 
住所・電話
〒845-0023 佐賀県小城市三日月町織島1658 標高:31.8m MAP GMAP 0952-72-4823 
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歴史

佐賀県の歴史散歩』によれば、 延宝8年1680、小城藩3代藩主鍋島元武が創建。 寺は元武と6代直員(なおかず)、9代直堯(なおたか)御霊屋(みたまや)となっているという。

本堂裏手には小城藩主3代元武(当山創建)・6代直員・9代直堯の墓所がある。

参考:案内板(金粟山玉毫寺額「金粟山」悦山道宗筆)

ひとくちメモ

本堂は、小ぶりな建物。軒下には巨大な開梆(かいばん)が掛けられている。 参道両サイドは広大な梅林となっている。 小城藩藩主の墓所は本堂に向かって右手の坂道を登った所にある。 小城藩主の墓所の記事と写真はこちら。 山門前に建っている表札碑の書体は存在感のあるものとなっている。

県道48号線を()れて10mほどの所に表札碑がある。 その奥が山門となっている。 山門をくぐりまっすぐ進むと公民館となっている。 ありゃ?お寺は何処?としばし悩む。 山門脇に車を駐車していた檀家の方と思しき方に尋ねると、「案内しましょう」とのお申し出を頂き、お言葉に甘え小城藩藩主の墓所・本堂など解説付きで案内していただいた。感謝感謝である。 順路は山門をくぐり公民館につきあたり、そこを右に曲がる。 15mほど進むと石橋があり、それを渡ってだただら坂を登れば、本堂前にたどり着きます。 知らないと参拝できない可能性大です。ご注意ください。

写真

  • 本堂
    本堂 
  • 山門
    山門 
  • 山門
    山門 
  • 山門の扁額(悦山道宗筆)
    山門の扁額(悦山道宗筆) 
  • 参道口
    参道口 
  • 巨大な開梆
    巨大な開梆 
  • 石仏群(左手の赤い前掛けの地蔵菩薩の前に「小城新四国第19番 本尊地蔵菩薩」の表示)
    石仏群(左手の赤い前掛けの地蔵菩薩の前に「小城新四国第19番 本尊地蔵菩薩」の表示) 
  • 鐘楼跡(梵鐘は無い)
    鐘楼跡(梵鐘は無い) 
  • 参道脇の梅林
    参道脇の梅林 
  • 石橋
    石橋 

小城藩主の墓所

藩主の墓所は広大な敷地である。 その裏手は竹がベースの林となっており、林の道沿いには多数の五輪塔が立てられている。

  • 小城藩主3代元武の墓標
    小城藩主3代元武の墓標 
  • 小城藩主3代元武の墓地の門
    小城藩主3代元武の墓地の門 
  • 小城藩主3代元武の墓標のある建物
    小城藩主3代元武の墓標のある建物 
  • 小城藩主3代元武の墓地への石段
    小城藩主3代元武の墓地への石段 
  • 小城藩主6代直員の墓地
    小城藩主6代直員の墓地 
  • 小城藩主9代直堯の墓地
    小城藩主9代直堯の墓地 
  • 墓地正面の門にあしらわれている鍋島花杏葉紋
    墓地正面の門にあしらわれている鍋島花杏葉紋 
  • 小城藩主墓地全景
    小城藩主墓地全景 
  • 墓地脇の多数の五輪塔
    墓地脇の多数の五輪塔 

案内板(金粟山玉毫寺)

山門前にあります。

玉毫寺(こんぞくさん)金粟山(ぎょくこうじ) 開山小城3代藩主鍋島紀伊守元武公である。

公は寛文2年16624月26日江戸屋敷で2代藩主直能と坊城大納言俊完の娘御伊賀の方との間に生まれた。 水戸光圀とは母方の叔父・甥の間柄である。 17歳の時天然痘に罹りあばた顔になったため人に会うことをきらい、大和尚となって名を残すことを決意して、 小城町鷺原の星厳寺開山潮音道海和尚(小城町西川出身)より和尚の資格を授けられて、当山を創設し自ら開山となることを発願したが、完成は公の没後正徳5年17158月であった。

当時新規の寺院建設は幕府法度で禁ぜられていたため、この地に在った岩蔵寺末寺の鳳来寺を岩蔵寺境内に移転し、牛津の廃庵要津庵(春日高城寺末寺)の籍を受けて、2代目住職慧雲の手によって完成された。

藩庁より80石を支給され、山林80町歩を領し七堂伽藍を備えた威容は、広大な敷地と遺構によって偲ぶことができる。

また、寺宝として元武公の17歳から晩年に至る肖像画5〜6幅の外、扁額など何れも重要文化財級の書が在る。

平成7年7月吉日 三日月町教育委員会

案内板(額「金粟山」悦山道宗筆)

山門の内側にあります。

額「金粟山」悦山道宗筆 木造縦67cm 橫152cm

悦山道宗は中国(みん)1368-1644の人で日本へ招かれ宝永2年17053月宇治にある黄檗宗本山萬福寺に晋山し第7代住持となる。 宝永6年170981才で没す。 黄檗の書は中国明王朝時代の力強い書風を伝え唐様と呼ばれ珍重された。 又額には黄檗悦山の落款がある。 裏面に次のように刻まれている。

 八代現住覚一乗識焉
大断檀越鍋島直尭賢候御寄付
 現栄照察掌羅勧発之
旹天保十五年甲辰五月吉旦

肥前小城藩第9代藩主鍋島直尭が大檀那となり当寺8代和尚乗覚禅師のご指導で栄照現和尚・掌羅察和尚のご協力によってこの額が寄贈されました。

今回左記(下記)の方のご好意により約150年ぶりに修復・寄進されました。

第9代藩主鍋島直尭の曽孫鍋島八郎様 佐賀県小城町西小路
代11代藩主鍋島直虎の孫鍋島直辿様 兵庫県明石市

平成8年3月吉日 佐賀県小城郡三日月町 岡本


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