heritage 寶洞山(ほうとうざん) 桂雲寺(けいうんじ) [桂雲禅寺] 臨済宗南禅寺派 ★☆☆ 仁王門 伊藤氏参拝済 有田の古い町並 有田光明新四国霊場第13番

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〒844-0005 佐賀県西松浦郡有田町幸平2-3-1   標高:85.5m 地図 GMAP 0955-42-2047 
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歴史

伊藤氏メモ1150年頃、現在の武雄市上西山に喜雲寺というお寺が聖一国師を勧請開山として創建されたのが当寺の始まり。 元和6年(1620)現在地へ移転するとともに寺名を桂雲寺とした。 李参平が有田東部の泉山で白磁鉱を発見するなど有田で磁器製造が始まり、町が出来、人々が当地に集まってきたことがその移転理由であるという。桂雲寺となって19世を数える。

「御手の観音」は、本堂前の大師堂(有田光明新四国第13番)の中にある。 この大師堂はいつでも開放されていていつでも入堂できる。堂内には、弘法大師を中心にして左右に御手の観音、地蔵菩薩が祀られている。 「御手の観音」は右手首だけの像である。 江戸中期に密貿易で活躍した嬉野次郎左衛門がインドから持ち帰った玉彫が一度盗まれ、木彫で作り直した像があったが、その像が、文政11年(1828)8月9日の有田大火で難を逃れ手首だけ燃えずに残ったものという。「御手の観音」は、先代住職のとき修復・塗り直しされ、現在は金色に輝く像となっている。 この観音様には大晦日(おおみそか)(だいだい)を2つお供えし、1つを持ち帰り手に塗ると、ロクロや絵描きの技が上達するという言い伝えがあり、参詣する陶磁器関係者が今でも多いということである。なお、大師堂左前に、嬉野次郎左衛門夫妻の碑がある。

門前には一対の石造り仁王像が立つ。 本堂は、明治期、当寺南裏に鉄道が布設された際に建てなおされたものである。 山門は明治3年(1870)の建立である。()

Linksのページによれば、明治29年(1896)、第1回陶磁器品評会(陶器市の前身)が本堂を会場にして行われ、 明治44年(1911)に有田物産陳列館が完成し会場を移すまでこの寺で開かれたという。

ひとくちメモ

仁王像に守られた朱色の山門が印象的である。 本堂前の石庭もなかなかのものである。 「御手の観音」のサイズは極小で厨子に納められている。 お見逃しなきよう。

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂前の石庭
    本堂前の石庭 
  • 参道口
    参道口 
  • 山門 - 境内より撮影
    山門 - 境内より撮影 
  • 山門の扁額
    山門の扁額 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 山門の木鼻の彫刻
    山門の木鼻の彫刻 
  • 仁王像(吽形)
    仁王像(吽形) 
  • 仁王像(阿形)
    仁王像(阿形) 
  • 大師堂
    大師堂 
  • 大師堂の祭壇
    大師堂の祭壇 
  • 大師堂前の石仏・石塔群
    大師堂前の石仏・石塔群 
  • 門前の町並(左手の黒い建物は泉寿堂、右手の白い建物は香蘭社)
    門前の町並(左手の黒い建物は泉寿堂、右手の白い建物は香蘭社) 
  • 参道口脇の三光堂本店
    参道口脇の三光堂本店 
  • 梵鐘
    梵鐘 

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