仏旗 金剛勝山(こんごうしょうざん) 蓮厳院(れんごんいん) 真言宗御室派  RENGON-IN TEMPLE 九州八十八ヶ所百八霊場第63番札所 木造薬師如来坐像木造阿弥陀如来坐像

  • 本堂
    本堂 
  • 本堂前の木鼻の彫刻(赤い目が迫力満点)
    本堂前の木鼻の彫刻(赤い目が迫力満点) 
  • 遠景
    遠景 
住所・電話
〒849-1314 佐賀県鹿島市大字山浦甲1476 標高:25m MAP GMAP 0954-62-1375 
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歴史

伊藤氏メモ蓮厳院は、藁葺[1]の小堂と庫裏の小寺院にすぎないが、平安時代末期には、この地を中心として後白河院の勅願寺院の一つ金剛勝院の大伽藍があり、蓮厳院はこの金剛勝院の一支院であったと思われる。

金剛勝院については、江戸時代の『岩屋物語』に、その盛時の面影が伝えられている。 この一大寺院も戦国時代の兵火に遭い、ほとんど焼失してしまった。 そのなかにあって往時を偲ばせるものが、本堂に安置されている3体の仏像で、木造薬師如来坐像1体と木造阿弥陀如来坐像2体(いずれも国の重要文化財)である。3体とも定朝様の流れをくむ平安時代末期の作と推定されている。

蓮厳院の周辺には、馬場・杉の馬場・立馬場・坊中道・不動・金剛・禅籠・伽藍・堂ノ上・蓮池・学頭・八大竜王・浄願など金剛勝院にゆかりのあると思われる地名が数多くみられる。(『佐賀県の歴史散歩 』より)()

Linksのページによれば、奥之院岩屋山興法寺は新義真言宗の祖、覚鑁(かくばん)上人(興教大師)幼少の折の修行聖地であるという。 

門柱の脇に「雲谷等顔」の石碑がある。 その脇の案内板によれば雲谷等顔1547-1618は雲谷派の始祖でこの地で誕生した。 肥前国藤津郡の能古見城主、原豊後守直家の次男。画才を毛利輝元に見込まれ、雪舟の遺跡雲谷庵(山口市)を授かる。72才で山口県萩市で没したという。

ひとくちメモ

本堂に向かって左手に小堂2宇。身代わり不動1体が見られる。 本堂前にはよく手入れされた庭園がある。 本堂の前面の彫刻(梁・木鼻)は見応え十分。特に木鼻の獅子の赤い目は迫力満点である。

平安時代から続いた古刹。「本堂と庫裡は藁葺き屋根。庫裡は県内では少なくなったクド造り。」という情報をもって参拝したが、本堂・庫裡共改築されたようで瓦屋根となっていた。少し残念。 これも時代の流れ。お寺も進化中という事であろう。(記)

写真

  • 遠景
    遠景 
  • 本堂の山号額
    本堂の山号額 
  • 本堂前の梁の彫刻
    本堂前の梁の彫刻 
  • 本堂前の梁の寺紋?
    本堂前の梁の寺紋? 
  • 御神体が安置された小堂 - 本堂前
    御神体が安置された小堂 - 本堂前 
  • 小堂と身代わり大師
    小堂と身代わり大師 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 本堂前の庭園
    本堂前の庭園 
  • 庫裡
    庫裡 
  • 雲谷等顔の石碑
    雲谷等顔の石碑 
  • 境内脇のサザンカ
    境内脇のサザンカ 
  • 門前の風景 - 山門を背にして撮影
    門前の風景 - 山門を背にして撮影 
  • 喚鐘
    喚鐘 


関連寺院(※過去に関連していた寺院も含みます。必ずしも現在関連している寺院とは限りません。)