五の宮神社
神道
肥前鳥居
長崎街道
歴史
和銅2年(709)の建立と伝わる。祭神は水象女命。塩田川上流の嬉野市塩田町宮元にある丹生神社と同じである。塩田川水系の治水鎮護のため奉祀して、丹生神社から5社、また伊弉冉命の5子にあたるので、五の宮神社の名前となった。
鹿島藩歴代藩主の信仰もあつく、「鹿島誌」などの記録にあるように、江戸時代は水害や干ばつの雨乞い、疫病に霊験があるとして、近郷の農民達に崇敬された。 現在でも北鹿島地区の氏神であり、毎年10月の第3日曜日に獅子舞の奉納と神輿の行幸が行われる
ニの鳥居は、慶安元年(1648)、3代藩主鍋島直朝が寄進した肥前鳥居。 記年銘のある肥前鳥居では市内最古。
背後の丘上は、天正4年(1576)、龍造寺隆信が神埼郡の犬塚盛家(鎮家)を藤津地方に送り込み、当時藤津地方に勢力を持っていた有馬氏の討伐に先立って築かせた砦(森岳城)跡。 (以上 境内の案内板より)
参道口(一の鳥居)の前の国道498号線は長崎街道である。
ひとくちメモ
未参拝の為、未稿。
周辺のスポット(4km以内)
周辺の寺院・仏教施設・他のページは当ページの上部の検索の項の「4km以内」のボタンをご利用下さい。