仏旗 威徳山(いとくざん) 聖持院(しょうじいん) [聖持蜜院・日切地蔵尊] 真言宗大覚寺派  SYOUJIIN TEMPLE 伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
  • 日切地蔵堂
    日切地蔵堂 
住所・電話
〒847-0064 佐賀県唐津市十人町149 標高:8m MAP GMAP 0955-73-1170
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歴史

伊藤氏メモ現第21世。いわゆる「お地蔵さんのお寺」である。 『唐津商工会議所ニュース:No.180④唐津の文化遺産(二)日限り地蔵』に次のような記載がある。()

当院は、松浦古事記によれば、慶長年間1596-1615寺沢志摩守広高が唐津城築城の折、本丸となった満島山にあった寺社仏閣を移転させたが、松浦不動尊・草野不動尊等は聖持院に移したと記されている。

聖持院の所在地は古来は金屋と呼ばれていた処である。 南北朝末期の応安3年13733代足利将軍義満は今川了俊を九州探題に任命した。応安6年1376了俊は弟の仲秋を呼子に上陸させ、南朝菊池方を背後から襲おうとして肥前国の武将を金屋に集めたという。 当時の唐津の地形は今と違っていて聖持院一帯の地先は波多川沿いの沼地であったらしく、この一帯は唐津村の集落地であったと推定される。 聖持院もその頃からこの地に存在していたのではないかと思われるが、記録が無く定かではない。

聖持院は真言宗の古刹であり、焼失前の本堂は名護屋城の建物の一部を移築したともいわれ、切妻屋根の建造物で当地方には珍しい寺院本堂であった。 なお、当院は唐津(大石)天満宮と隣り合わせであり、古くは神宮寺ではなかったかとも思われる。 また、当院は波多三河守の祈願所であったと伝えられるので、唐津にとっては最も古い寺院であるといえよう。

当院に参詣人の絶えない理由の一つは、日限地蔵に信者がいることである。 参詣の期間を定め、毎日お詣りをすれば、すべての願いを叶えてくれるとの信仰があり、日参する人が絶えない。 お百度参りをする人、(はだし)参りをする人など、地蔵堂に灯明と香煙の絶えることはないが、特に四のつく日は参詣が多いという。

ひとくちメモ

山門を入ると、すぐ左手に日切地蔵堂、右手に聖観音像がある。 日切地蔵堂の建物はかなりの年代物である。 地元の方々が朝から境内の清掃作業をされていた。 地元の方々の篤い信仰心を感じる場所である。


写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 聖観音菩薩
    聖観音菩薩 
  • 山門の表札碑
    山門の表札碑 
  • 境内の石仏
    境内の石仏 
  • 日切地蔵堂
    日切地蔵堂 
  • 日切地蔵堂内
    日切地蔵堂内 
  • 日切地蔵堂
    日切地蔵堂