heritage 池福山 広沢寺(こうたくじ) [廣澤寺・広沢禅寺] 曹洞宗 ★☆☆ 大ソテツ ビャクシン

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〒847-0401 佐賀県唐津市鎮西町名護屋3673   標高:55.1m 地図 GMAP 0955-82-1131 
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歴史

慶長2年(1597)、豊臣秀吉の創建。 寺号「広沢」は、秀吉の側室、広沢局(ひろさわのつぼね)にちなんだものという。広沢局は松浦一の美女と言われた名護屋越前守の妹・広子。 境内の大ソテツは秀吉お手植えのものといわれている(国の天然記念物)。(以上 Links① より)

この一帯は「山里丸」と言われる名古屋城の一画である。 秀吉の朝鮮出兵当時、秀吉の居住空間があり、寺の裏手には茶室、東側には茶屋・能舞台などがあったという。 (『肥前名護屋城と「天下人」秀吉の城』(佐賀県立名護屋博物館、2009年)などより)

ひとくちメモ

参道は石段となっている。名古屋城内の石垣の間の石段だ。 その石段を登って平坦面(本堂域)に出る。 本堂前には一対のビャクシンの巨木がある。

本堂の向って右手は庭園となっている。 庭園内に秀吉お手植えのソテツ・石塔などがある。 庭園の一番奥には秀吉の遺髪塚がある。

本堂前(東側)は空き地となっており、山手(本丸側)の土手には多数の墓碑がある。 ざっと確認したが元禄銘のものもある。この墓碑の中のどれかが広沢局の墓碑であろう。

※庭園の拝観料は強制ではないようであるが、入口に料金箱が設置されている。 庭園管理などの為に多少の志しをお願いしたい。

写真

  • 本堂 - 庭園内より撮影
    本堂 - 庭園内より撮影 
  • 秀吉遺髪塚(庭園内、一番奥)
    秀吉遺髪塚(庭園内、一番奥) 
  • 遺髪塚前の石碑(庭園内、一番奥)
    遺髪塚前の石碑(庭園内、一番奥) 
  • 石塔(庭園内)
    石塔(庭園内) 
  • 庭園
    庭園 
  • 庭園入口
    庭園入口 
  • 寺東側の多数の墓碑(元禄銘のものも確認できる)
    寺東側の多数の墓碑(元禄銘のものも確認できる) 
  • 喚鐘
    喚鐘 

参道

①参道口(当時の枡形虎口)
①参道口(当時の枡形虎口) 
②参道途中(当時の枡形虎口)
②参道途中(当時の枡形虎口) 
③参道途中(当時の枡形虎口)
③参道途中(当時の枡形虎口) 

参道口は石段となっている。典型的な枡形虎口(ますがたこぐち)形状である。 この石段・石垣は築城当時のままのようである。


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