たにし仏
[田螺仏]
天台宗
☆☆☆
歴史
『背振山系の山岳霊場遺跡資料集』所収の『寺院遺構からみた背振山の平面構造』(寺岡 良(九州歴史資料館))の東門寺・霊仙寺の歴史の項によれば、平面構造の調査の結果、山頂から南東に500mほど下った箇所で伽藍・僧坊跡と考えられる平坦面群を26確認した。 その平坦面群の一つにはこの田螺仏と俗称される石仏も確認したという。但し、近世以降の新しいものという。東門寺の中心部はこのあたりであったのであろう。 下に境内の案内板の内容を記す。
たにし仏
たにし仏とは俗称である。 身に七宝荘厳の甲冑をつけ、右手に五鈷鈴をもつ姿は、寸分の隙がなく、まさに智勇兼備の武将の坐像である。
脊振山は、九州最古の修験道本山である。 修験道が真言密教から発生していることから、密教金剛像として祭られたものと思われる。
金剛力とか、金剛心は密教教理の上から、極めて大切な功徳を表すものである。
お堂内の木札には「毘沙門天大王」と表記されている。
ひとくちメモ
たにし仏は石像である。手で触らせて頂いたが、砂岩系の柔らかめの石を削って造られているようである。 長年の風雪にさらされ痛みはあるが、衣のヒダなど丁寧な造りとなっている。
参道口は県道305号線の脇にある。 周辺には道標など無く交通標識があるのみである。 仏堂の前は登山道となっており、登山者の人影を確認した。 鬱蒼とした林の中にあると予想していたが、周辺の見通しもよく単独行でもOKと思われる。
写真
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