八坂神社
[祇園社]
神仏習合
☆☆☆
肥前鳥居
桃川伊万里往還
歴史
中世に松浦地方を支配していた松浦党一族の地北氏の城跡で、守護神として八坂神社を勧請したと思われる。 中腹には「寺屋敷跡」と呼ばれる場所があり、地北氏ゆかりの寺と考えられる。
境内では肥前鳥居・逆修板碑・六道板碑などがみられる。 これらは慶長期(1596-1610)に建造された一連の石造物と推定される。(以上 境内の案内板(伊万里市教育委員会)より)
一の鳥居脇の石灯籠は文化12年乙亥(1815)6月吉日銘。
門前の道は桃川伊万里往還である。
ひとくちメモ
一の鳥居をくぐって石段を登り始める。10数段登ればニの鳥居下に到着。 ニの鳥居は小型の肥前鳥居である。鳥居周辺には多数の逆修板碑・六道板碑がみられる。 これだけの数の板碑は他ではなかなか見られない。
さらに登って社殿のある平坦面にたどり着く。一の鳥居から境内までは直線的な石段でかなりきつい。 ニの鳥居を過ぎたあたりに、鳥居脇の崖が崩れている場所がある。
社殿の上には「寺屋敷跡」があるというが、体力温存の為、登る事を断念。
写真
板碑群 - ニの鳥居(肥前鳥居)周辺 板碑群 - ニの鳥居(肥前鳥居)周辺 板碑群 - ニの鳥居(肥前鳥居)周辺 ニの鳥居(肥前鳥居)周辺 板碑群 - ニの鳥居(肥前鳥居)周辺 門前の風景(前方は一の鳥居・左右方向の道は桃川伊万里往還) 一の鳥居 一の鳥居束額(八坂神社ゆかりの「牛頭天王」) 狛犬(吽形) - 神殿脇 狛犬(阿形) - 神殿脇 狛犬(阿形・拡大) - 神殿脇
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