bukki 子安観音(こやすかんのん) 仏教礼拝所 ☆☆☆ 桃川伊万里往還 伊万里新四国霊場第12番

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〒849-5262 佐賀県伊万里市松浦町中野原4460   標高:67.2m MAP GMAP
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歴史

祭壇中央の半跏姿の観音像は、高麗焼。高さ30cm。安産にご利益があると言われる。

祭壇に向って左手の高さ1.5mの石碑には「天照大神宮 享保十年(1725) 十一月十一日」と刻まれている。 この石碑は明治末頃、中通の熊野神社[1]に神寄ママされていたが、後に区民の容貌があって元(当地)に移された。(以上 境内の案内板(松浦町まちづくり運営協議会 令和2年度作成)より)

伊万里新四国霊場第12番(本尊:子安観音)。

参道口は桃川伊万里往還沿いにある。

ひとくちメモ

観音堂は、外見は神社の拝殿のような造り。 観音堂の奥には「天照大神宮」と刻まれた自然石と、格子戸内に祭壇がある。 祭壇内には聖観音菩薩・子安観音・地蔵菩薩が祭られている。 案内板によれば、霊場本尊の子安観音は陶器製という。 祭壇の格子戸は施錠されており、格子戸の外からの参拝となった。

観音堂の参道口より街道沿いに100m程東側で、このあたりにあるという「釈那身童子地蔵」を探索中、 散歩されておられた近所の古老の女性に地蔵尊の場所を尋ねると「観音様ならもう少し先にあります」と教えて下さり、急遽の参拝となった。 分かりづらい観音堂への道順を丁寧に教えて下さった。おかげで、探していた伊万里新四国霊場第12番札所が発見できた。 感謝感謝。 「釈那身童子地蔵」の所在は未確認のままである。

前出の女性のお話によれば、観音堂の前の広場はゲートボール場として使用されているとのこと。

写真

  • 祭壇(左手より聖観音菩薩・子安観音菩薩・地蔵菩薩) - 案内板より引用
    祭壇(左手より聖観音菩薩・子安観音菩薩・地蔵菩薩) - 案内板より引用 
  • 祭壇中央の陶器製の子安観音 - 案内板より引用
    祭壇中央の陶器製の子安観音 - 案内板より引用 
  • 霊場札(「伊万里新四国 第十二番」)
    霊場札(「伊万里新四国 第十二番」) 
  • 表札
    表札 
  • 観音堂脇の小堂
    観音堂脇の小堂 
  • 観音堂脇の小堂(拡大)
    観音堂脇の小堂(拡大) 
  • 境内風景(ゲートボール場として使われているという) - 観音堂を背にして撮影
    境内風景(ゲートボール場として使われているという) - 観音堂を背にして撮影 
  • 参道口の南側を疾走する筑肥線車両 - 参道口附近より撮影
    参道口の南側を疾走する筑肥線車両 - 参道口附近より撮影 

順路

順路①参道口(前後方向の道は桃川伊万里往還。赤丸内に「⑱子安観音(0.2k)」と記された道標が立っている)
順路①参道口(前後方向の道は桃川伊万里往還。赤丸内に「⑱子安観音(0.2k)」と記された道標が立っている) 
順路②右手が金石原公民館
順路②右手が金石原公民館 
順路③
順路③ 
順路④赤丸の地点が観音堂
順路④赤丸の地点が観音堂 
順路⑤民家脇の狭い参道
順路⑤民家脇の狭い参道 
順路⑥上り坂(この坂を登れば境内である)
順路⑥上り坂(この坂を登れば境内である) 

参道口から境内までは上り坂である。

  • 「⑱子安観音(0.2k)」と記された白い道標が立っている桃川伊万里往還沿いの参道口より右手に金石原公民館を見て100m足らず直進。(順路①②)
  • その先を左折。(順路③)
  • 細い道を50mほど直進。(順路④)
  • 右手に民家があり、その脇の細い道を20mほど直進。(順路⑤)
  • その先を右折してコンクリートで舗装された坂道を登れば境内である。(順路⑥)

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脚注