値賀神社
神道
☆☆☆
末孫様
六地蔵塔
歴史
値賀伊勢守長(波多三河守親の第二子)、値賀城主。慶長2年(1597)、共に荒廃した値賀神社を、次いで普恩寺を再建した。(Links① より)
明治の初めの神仏分離令がでるまでは、社殿には仏・菩薩[1]も安置されていた。 これらの諸仏は廃仏毀釈の難をのがれ、当社で保管されていた。 現在は佐賀県立博物館(佐賀市城内)に保管されている。(境内の案内板より)
ひとくちメモ
石段は長い。鳥居は確か3基あったと思う。 境内は普恩寺の裏手にあり、同寺との深い関係のあったことがうかがえる。
石段を登る参道(東側)と、車で横付けできる参道(西側)がある。 後者の参道の途中には、波多氏ゆかりの末孫様と思しき石塔群(六地蔵塔も含む)・三世萬霊塔・墓碑など仏教に関係のある遺物もみられる。
写真
社殿 一の鳥居 境内風景 - 社殿を背にして撮影 社殿の神号額 石段(かなりきつい) - 境内より撮影 西側の風景(前方に風力発電の風車・玄界灘が垣間見える) 石塔群(三界萬霊塔・墓碑など) - 南側参道脇 末孫様(?。中央に六地蔵塔の傘石・龕部がある) 六地蔵塔上部(画像中央) - 南側参道脇・末孫様(?)
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