仏旗 尋聲山(じんしょうざん) 来迎寺(らいこうじ) 西山浄土宗[未]  RAIKOUJI TEMPLE 名鐘 伊藤氏参拝済

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〒870-0024 大分県大分市錦町1-1-30 標高:6m MAP GMAP 097-533-0611
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歴史

伊藤氏メモ以下は、「山門前にある案内板」による。

文亀元年1501の創建。 開祖・文忠梵榮(もんちゅうぼんえい)上人が仏道修行のために諸国を巡り豊後国を訪れていたところ、徳のすぐれたその人望に深く感動した大友家18代当主大友親冶(おおともちかはる)が、上人を府内町に引きとめて建立した寺である。以来500年以上この地にある。当時の海岸線は現在よりはるか南で、古絵図には当寺の北西に舟入が描かれている。

貞享5年1688の火災のため、それ以前の当寺の姿についてはよく分かっていない。 しかしながら、元禄12年1699戸倉貞則(とくらさだのり)が著したとされる『豊府聞書(ほうふききがき)』によると、この火災以前の当寺は広大で美しく、特に書院は黄金色の障壁画で飾られた近国に例のない見事なもので、寛永16年1639には府内藩主日根野吉明(ひねのよしあき)が仲のよい熊本藩主細川忠利を招待しもてなしたことが記されている。()

伊藤氏メモ以下は、山門から本堂への境内参道の脇にある鐘楼に付された[梵鐘由来書き]などによる。

この梵鐘は文化10年1813第25世の代に府内金谷にて鋳造されたものである。しかるところ、第二次世界大戦で供出の災厄に遭ったが、終戦を迎え幸いにして溶解を免れ、佐世保市瀬戸越町の西蓮寺に移送された。溶解のため西蓮寺近くの鉄工所に運びこまれていたものであった。この旨を聞き及んだ檀信徒一同が返還交渉を重ねていた昭和52年1977、当該梵鐘は古巣を偲んでか突如落下した。これを契機に交渉は急速にまとまり、昭和53年1978第33世の代に梵鐘は当寺に無事帰山するに至った。[1]()

ひとくちメモ

未参拝の為未稿。



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