檜原山
正平寺
天台宗
★☆☆
九州四十九院薬師霊場第11番札所
耶馬溪新四国八十八ヵ所霊場第78番札所
- 住所・電話
- 〒871-0411 大分県中津市耶馬渓町中畑1419 標高:585.6m 地図 GMAP 0979-54-3260 ホームページ
- イベント情報(今日から2ヶ月間)
- ○主催者などに事前に確認の上、参加下さい○
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日時 内容 備考 2023-04-09(日)
(10:00〜15:00)桧原マツ 神仏習合御田植祭(大分県指定有形民俗文化財) - 検索
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歴史
崇竣天皇御即位元年(587)、釈正覚上人が初め犬ヶ岳に長福寺を創立し、その後寺を当山に移し一寺を建立した。
天平勝宝4年(752)勅願所と定められ、以来山号を「檜原山」、寺号を「正平寺」と称するようになった。安和2年(969)、大講堂が建立。以来、国府の所管するところとなり、鎮護国家の祈願道場として豊前山岳仏教の修験霊場として英彦山・求菩提山と共に隆盛をきわめた。
大字中畑、福土の2村が寺領であったが、黒田氏中津城主の時(1587)、米100石を附して没収された。 細川、小笠原氏を経て、奥平氏に至り、山上における全ての堂宇の営繕を負担され、奥平富之進昌高氏は天明7年(1787)上宮本堂を建立。
明治初年(1868)、9坊の末寺を有したが明治維新の変革により山林全部を国有林に編入された。 明治11年(1878)、明治21年(1888)、明治29年(1896)と相次ぎ火災に遭う。 現在の講堂は明治35年(1902)に復興したもの。平成13年(2001)、県下最大の梵鐘が復興された。
毎年、2月第1日曜日に節分鬼会・4月第2日曜日に桧原マツ(神仏習合御田植祭)の伝統行事が執り行われる。 (ホームページより)
ひとくちメモ
日田市内からだと県道212号線をひたすら上り、県道2号線に入る。ここに大きな看板が設置されている。 そこから県道2号線を2kmほど進んだ所に当寺の参道口がある。ここからは本格的な山登りコースである。 途中は枝分かれ道は無く、また要所要所に道標が設置されているので安心である。 境内に到着する直前に展望所がある。
駐車場の周辺は多数の僧坊跡が見られる。 梵字鳥居(笠木に梵字が刻まれている)をくぐり、石段を上れば境内である。 正面に本堂、向かって左手に水子地蔵堂、右手に神輿殿がみられる。 本堂の裏手の巨岩の下には護摩堂跡がみられる。
寺のパンフレットによれば、本堂の裏手より奥の院に登れるようだ。 押別岩・針の耳・左京の端・奥の院・山頂・行者岩・弁天岩・天満宮岩・金毘羅岩・大神宮岩などがあるという。 約1時間のコース(下の境内案内図を参照)。作者は体力温存の為、登山を断念した。
写真
本堂の扁額 祭壇 本堂内 本堂内の掛け軸 鬼の面 - 本堂内 本堂 本堂正面 境内風景 - 本堂を背にして撮影 鐘楼 - 本堂脇 護摩堂跡 - 本堂裏手 護摩堂跡の石仏 水子地蔵堂 - 本堂前 神輿殿 梵鐘 境内案内図 山門 枯れた杉(?)の割れ目 - 山門脇 枯れた杉の割れ目の中の薬師如来 参道の石段(石段のピッチが長い、偉い方が駕籠に乗って上ったのかもしれない) 梵字鳥居 梵字鳥居の笠木にあしらわれた梵字(拡大) 僧坊跡
展望所
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境内に登る少し手前にある。
ここからは、由布岳をはじめ多数の山々を眺めることができる。
参道口①
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日田市内からだと、ここで国道212号より別れて県道2号線に入る。 曲がり角に大きな看板が設置されている。
国道212号は日田市内-中津駅前間を走る道である。急げば1時間ほどで走れる。 特に、この参道口から中津側の道は山国川沿いの道で、沿線には巨岩・奇岩が多く見られる。 作者は念仏4号(バイク)で初めて走ったが絶好のドライブコースである。
参道口②
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ここからは、本格的な山登りコースである。 道は舗装され車も通行可。ご安心あれ。
参道口には仏堂が立っており、4体の仏像が安置されている。なかでも、向かって右端の仏像は木の根でできているようだ。
周辺のスポット(4km以内)
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