仏旗 大久山(だいきゅうさん) 長谷寺(はせでら) 高野山真言宗[未1]  HASEDERA TEMPLE 九州西国霊場第2番札所 百八観音霊場第76番札所 奥の院長谷寺八十八ヶ所へんろ道仁聞

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〒879-0222 大分県中津市三光西秣1893 標高:164.9m MAP GMAP 0979-43-2313 
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歴史

境内の案内板の内容を下に引用する。

真言宗 長谷寺本尊 十一面観世音

長谷寺縁起によれば、孝元天皇の22年、(はじ)めてこの地に神を祀った。

文武天皇の甲辰(きのえたつ)704の秋、仁聞岩窟(がんくつ)(しゃく)を留めて修行していた。 或る夜のこと白髪の(おきな)が現われ「吾は白山権現なり、この山に垂跡(すいじゃく)すること年久し、汝この山を開闢(かいびゃく)せば、吾永く法燈を守護せん」といって姿を消した。 仁聞は夢から覚めて直ぐに一刀毎に三礼し観世音菩薩と脇士、不動明王・毘沙門天像を彫刻して岩窟に安置した。

その後、神亀4年727の春、三界上人(さんかいしょうにん)留錫(りゅうじゃく)した際、白山権現のお告げにより創めて堂を建て長谷寺と号した。 上人は永い間この地に留まり衆人の信望極めて篤く晩年この地で入定(にゅうじょう)(即身成仏)されたといわれるが、これが我が国で最初の入定であるという。

当山は歴代国主の祈願所として栄え、境内のあちこちに昔を偲ぶ数多くのものが残されている。 また飛鳥仏(あすかぶつ)である周防凡直百背(すおうおうしゅあたいももせ)が娘の死を(いた)み供養のために造った観世音菩薩立像が安置されている。 毎年4月20日に本尊とともにご開帳される。

なお、元明天皇の和銅年間、英彦山及び紀州熊野権現の神勅をうけ西国三十三ヶ所霊場を開くにあたり、第2番札所に列せられている。

昭和59年 3月 三光村教育委員会

ひとくちメモ

奥の院は絶壁に建てられているようだ。 奥ノ院の窟に連なる尾根つたいに点在する石仏たちを巡る「長谷寺八十八ヶ所へんろ道」があるようだ。(Links②より)