智光山
合元寺
[赤壁寺]
西山浄土宗
★
GOUGANJI TEMPLE
伊藤氏参拝済
歴史
伊藤氏メモ天正15年1587、黒田官兵衛が姫路から恵心僧都作と伝わる阿弥陀如来を移して、浄土宗西山派開山空誉上人を開山に迎えて寺院を建立した。
天正17年1589、黒田氏の入国に反対した宇都宮鎮房が中津城内に誘殺されたとき、鎮房の従臣たちが待機していたこの合元寺にも黒田の手勢が押しかけた。鎮房の従臣は奮戦したがことごとく斬り伏せられ、壁はその血で赤く染まったたという。 その後、壁は何度白く塗っても、血が染み出てくるので、ついに赤く塗ったという。寺は通称「赤壁寺」とも呼ばれている。
当時の奮戦の名残は、現在も庫裏の大黒柱に刀痕として残されている。また、戦死した鎮房の家臣は合葬され、寺内の延命地蔵菩薩堂[1]に祀られている。(門前の案内板などより)()
ひとくちメモ
コンパクトな境内に、本堂の他、多数の木々・六地蔵・供養塔・鐘楼などが所狭しと配置されている。 その名の通り、建物の配色は朱色がベースである。 延命地蔵菩薩堂内も賑やか。ここも所狭しと多数の地蔵菩薩像が安置されている。 延命地蔵菩薩堂の前に掛けられている絵馬の数もすごい。
中津城址の写真をページ最下部に掲示する。
写真
本堂 表札碑 境内風景(右手が地蔵堂) - 本堂を背にして撮影 供養塔 鐘楼 六地蔵 延命地蔵菩薩堂の祭壇(向かって左から「願掛け地蔵」「延命地蔵」「お願い地蔵」) 延命地蔵菩薩堂内の地蔵菩薩像 延命地蔵菩薩堂内の地蔵菩薩像 山門の乳金具 山門の金具 梵鐘 喚鐘
脚注
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