bukki 鏡智山(きょうちざん) 円応寺(えんのうじ) [圓應寺] 浄土宗  ENNOUJI TEMPLE 天蓮社眞譽見道 中津城址 伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
  • 河童の墓
    河童の墓 
住所・電話
〒871-0075 大分県中津市寺町961-2 標高:8.6m MAP GMAP 0979-22-3509 
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歴史

天正15年1587黒田孝高の開基、 真誉見道上人[1]の開山で黒田、細川、小笠原と各藩主に守護されたお寺である。

伊藤氏メモ中津市教育委員会による説明板には次のように記されている。()

天正15年1587に黒田官兵衛の開基によって建立された浄土宗の寺院である。開山は真誉(しんよ)上人見道(けんどう)大和尚。 慶長5年1600、見道和尚は黒田氏に従って福岡に移り、同名の円応寺(現:福岡市中央区大手門)を開いた。

当寺の境内に河童の墓と呼ばれる五輪塔がある。『下毛郡誌』によると、この墓は宇都宮鎮房(しげふさ)が誘殺されたとき、鎮房に一の太刀を浴びせた野村太郎兵衛祐勝の墓であるとされている。野村太郎兵衛は黒田24騎の一人である。

河童の墓については、もう一説あり。境内にもうひとつの案内板(中津市・中津の郷土史を語る会編)がある。 それによれば、江戸時代中期、当寺の寂玄(じゃくげん)上人が河童たちを仏の道に入らせ修行の末、 河童の頭目3匹に戒名を授けた。 河童たちは上人への恩返しに寺を火災から守ったという。 河童の墓には3本の卒塔婆が供えてあり、それぞれに「本譽覚園信士」「本譽覚心信士」「本譽覚源信士」と戒名が書かれている。

ひとくちメモ

本堂は近代建築である。 境内には観音堂・鐘楼などがみられる。 本堂に向かって右手の領域は広大な墓地となっている。 そこには歴代住職の墓(含む開山真誉上人墓碑)・河童の墓などがある。 河童の墓は墓地の一番奥の方にある。

伊藤氏メモ山門、鐘楼や観音堂には、丸い形の枠中に[水]の盛文字が施された[水文瓦(すいもんかわら)]が使われている。当時、水乞いの祈りが奉じられていたという。本堂は鉄筋2階建の造りである。()

写真

  • 全景
    全景 
  • 境内風景 - 本堂を背にして撮影
    境内風景 - 本堂を背にして撮影 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 観音堂
    観音堂 
  • 地蔵菩薩像
    地蔵菩薩像 
  • 河童3匹の戒名が書かれた卒塔婆
    河童3匹の戒名が書かれた卒塔婆 
  • 河童の池
    河童の池 
  • 歴代住職の墓(中央が真誉見道上人の墓碑)
    歴代住職の墓(中央が真誉見道上人の墓碑) 
  • 真誉見道上人の墓碑
    真誉見道上人の墓碑 
  • 山門の乳金具
    山門の乳金具 
  • 山門の金具
    山門の金具 
  • 山門の金具
    山門の金具 
  • 梵鐘
    梵鐘