東陽山
西方寺
[西方禅寺]
曹洞宗
[未]
SAIHOUJI ZEN TEMPLE
坐禅
平戸街道
歴史
寺伝によると、建長年間1249-1256、香林和尚が赤崎岳の北麓に帰一庵を開いたのが始まり。 その後、戦国時代になって、赤崎伊予が現在地に移し、天翁鳳清和尚を開山に請じ、東陽山西方寺と改称した。
旧藩時代には寺領15石を賜りこの地に重きをなしてきたが、明治4年1871の廃仏毀釈で寺号のみを残して荒廃。 しかし、佐世保が軍港になると急速に隆昌に赴き、明治末年1912には参道、山門、鐘楼、本堂、庫裏、位牌堂等々が完成し。 大正14年1925には仁王門も完成。名実ともに佐世保の名刹としての偉容を誇った。 大正8年1919刊『佐世保郷土史』によると、信徒3000人。書画、彫刻、古文書などの寺宝数百点があったことが記されている。 昭和20年の空襲で、 本堂をはじめ諸堂のことごとくが焼失し今は見ることができない。
戦後、檀信徒の協力のもと仮本堂での活動を経て、昭和40年代にインド ブッダガヤの大塔をイメージした鉄筋コンクリートの本堂が建築され、続いて昭和50年1975に地下1階地上2階建ての納骨堂、昭和60年に庫裏・檀信徒会館・平成10年1998に仁王門が落成。(ホームページより)
寺の西側の道は平戸街道である。
ひとくちメモ
未参拝の為未稿。
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佐世保観光情報センター