heritage 榮松山(えいしょうざん) 正定寺(しょうじょうじ) 浄土真宗本願寺派 しだれ桜

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〒889-4601 宮崎県都城市山田町山田3887   標高:158.6m 地図 GMAP 0986-64-2078  ホームページ
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歴史

伊藤氏メモ念仏禁制下の安政時代(1588-1860)、広如上人の命で布教のため薩摩に潜入した安芸真徳寺の僧・乗海寺釋無涯は、安政4年(1857)本庄の宗久寺で薩摩の捕吏に取り囲まれ自決し殉教した。  

明治13年(1880)念仏禁制の弾圧の嵐を耐え抜いた門信徒の熱望により、本願寺山田説教所が創立された。明治20年(1887)無涯三十回忌法要のため宗久寺に滞在していた、無涯の甥である安芸真徳寺の住職尼子善念の元を訪ねた山田説教所の門信徒の願により、明治22年(1889)善念は真徳寺の住職を譲って山田説教所に着任した。その後、明治24年(1891)に大阪摂津にあった正定寺の寺号を移転する形での公称が認められたことにより正定寺が創建され、善念は開基住職となった。以後、法灯が引き継がれ、現在に至る。現第6世。

現在の本堂は昭和3年(1928)上棟、山門・鐘楼は昭和31年(1956)に上棟され、昭和63年(1988)に本堂・山門・鐘楼の大修復工事が完成した。

また、平成18年(2006))には、無涯百五十回忌にあたり、非暴力の仏教精神によって世界平和を実現しようと願う故向坊弘道氏の遺言により、念仏禁制下の南九州のかくれ念仏の信者の300年にわたる無抵抗非暴力のシンボルとして、無涯の遺骨をネパール・カトマンズ本願寺の舎利塔に分骨した。(以上 Links① より)(2023-06-05)

ひとくちメモ

山門をくぐって左手に立派な枝垂れ桜が植えられている。

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