bukki 大敬山 延慶寺(えんけいじ) 浄土真宗東本願寺派/単立 □□□ 兜梅

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〒863-0018 熊本県天草市浜崎町12-7-1   標高:9m MAP GMAP 0969-22-3365 
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歴史

天文10年1541正善による開基。(『天草の寺院・宗派』より)

Links① のページに「切支丹禁制高札」が保管されているとのこと。 キリシタンの人々の仏教への改宗の為に創建された寺ではなかろうか?

県指定天然記念物兜梅(かぶとうめ)で有名。 境内の案内板の内容を下に記す(段落は作者が追加した)。

県指定天然記念物兜梅由来 延慶寺苔生園

天正17年158912月25日、加藤・小西の連合軍に10重20重と取り囲まれた本戸城は、はや落城の寸前かに見えた。

その時、城門をさっと押開いて躍り出た、2-30騎の騎馬武者の1隊があった。 その先頭にたっているのは、まぎれもなく豪勇無双を以って鳴り響いた木山弾正その人である。

弾正の率いる騎馬武者の1団は、敵陣の中に切り込み当たるを幸いに薙倒した。 とある梅の木の側に寄った時、梅の小枝に兜の鎧をからませ、身動きとれず遂に討死した。

首級を挙げてみると、弾正ではなく、緑の黒髪を流した弾正の奥方、お京の方であったと云う。 つき従う騎馬武者も皆戦死したが、何れもうら若い娘子軍であった。

数日前、志岐の佛木坂の戦で敵将加藤清正との一騎打ちに敗れた夫の弔い合戦にと、夫の鎧兜を身につけ、戦国武将の妻の心意気を示したものである。

木山弾正は肥後木山の城主で、木戸城主天草種元とは姻戚関係にあるため、木山城落城の後、本木戸城に合流したと云われる。

以下、『街道をゆく 17 島原・天草の諸道 (朝日文庫)』に掲載された「司馬遼太郎観梅の辞」が続くが省略する。

ひとくちメモ

未参拝の為未稿。

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