仏旗 五大山宝光院 長命寺(ちょうめいじ) 天台宗★★  TYOUMEIJI TEMPLE 仁王門 六地蔵塔 伊藤氏参拝済

  • 仁王門(元禄8年 仏師 東仏 伝基氏作、右は密迹金剛 左は那羅延金剛)
    仁王門(元禄8年 仏師 東仏 伝基氏作、右は密迹金剛 左は那羅延金剛) 
  • 多数の六地蔵塔(拡大)
    多数の六地蔵塔(拡大) 
住所・電話
〒832-0037 福岡県柳川市出来町20-2 標高:6.5m MAP GMAP 0944-72-6460 
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歴史

『柳川の歴史と文化』によれば、 元文2年1737鋤崎に創立され、開祖は覚城普光和尚。 延享3年1746出来町に移転。本尊は不動明王との事。

明治の神仏分離の際、廃寺となった城内村最勝院の仏に関連する品々は全て長命寺に移されたという。 仁王門もその一つである。 境内・本堂内には六体地蔵他多数の仏像が安置されているという。

ひとくちメモ

下の写真の通り、境内は仁王像をはじめ石仏・石塔のオンパレードである。 それぞれの石造物には解説文が添えられているのはありがたい。 特に、六地蔵塔の数には驚く。

お参りのルートはひと通りしかないようである。 北側の「細工町信号」から南に進み、真勝寺の参道口を過ぎ、天満神社に突き当たる。 そこを右に曲がり先に進むと参道口である。 作者はこのルートがわからず、お寺の周りをぐるぐる迷って廻った。

「柳川三年肥後三月、肥前、筑前朝飯前」と云われた平城ながら難攻不落の柳川城。 現代でも実際に、城下には水路が張り巡らされており、袋小路も多い。 攻め込んだ敵は疲れ果てて戦意喪失!! 作者もかなりこれにハマってしまった。(泣) 長命寺に限ったことではないが、実際お寺めぐりをしていて柳川城下のお寺の入口にたどり着くのは一歩まちがえれば大変な時間のロスになる。お気をつけください。

伊藤氏メモなんといっても入り口仁王門の両仁王像が圧巻。元禄8年1695の作という。()

写真

  • 参道
    参道 
  • 仁王像
    仁王像 
  • 仁王像
    仁王像 
  • 右:逆修碑 一字一石碑(寛政2年(1461))、左:手水鉢(明和7年(1770))
    右:逆修碑 一字一石碑(寛政2年(1461))、左:手水鉢(明和7年(1770)) 
  • 多数の六地蔵塔
    多数の六地蔵塔 
  • 境内風景(右手は本堂)
    境内風景(右手は本堂) 
  • 久我対馬守大蔵朝臣久貞逆修碑 天文6年(1587)
    久我対馬守大蔵朝臣久貞逆修碑 天文6年(1587) 
  • 文禄の断碑 文禄2年(1593)
    文禄の断碑 文禄2年(1593) 
  • 宝篋印塔 宝暦4年(1754)
    宝篋印塔 宝暦4年(1754) 
  • 左:宝篋印塔の一部 鎌倉期、中央:庚申の石塔 万延元年(1860)、右:道祖神
    左:宝篋印塔の一部 鎌倉期、中央:庚申の石塔 万延元年(1860)、右:道祖神 
  • 天正板碑 天正7年(1579)
    天正板碑 天正7年(1579) 
  • 発起神
    発起神 
  • 本堂
    本堂 
  • 参道の六地蔵堂
    参道の六地蔵堂 
  • 参道の伝即身成佛入定塚の礎石
    参道の伝即身成佛入定塚の礎石 
  • 参道 - 右手は六地蔵堂
    参道 - 右手は六地蔵堂 
  • 参道口の地蔵堂
    参道口の地蔵堂 
  • 参道口
    参道口 
  • 門前の風景
    門前の風景