仏旗 観中山法正院(かんちゅうざんほうしょういん) 清楽寺(せいらくじ) 真言宗醍醐派  SEIRAKUJI TEMPLE 薩摩街道

  • 観音堂
    観音堂 
  • 多数の石仏
    多数の石仏 
住所
〒832-0811 福岡県柳川市三橋町中山314-1 標高:9.2m MAP GMAP  
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歴史

境内の案内板の内容を下に記す。

観中山法正院清楽寺

この観音堂は、平安時代初期の大同2年807に創建された、 観中山法正院清楽寺と言われています。 真言宗醍醐寺派に属した古い寺で、かつては、西国33ヶ所霊場のひとつでした。 全盛期には、境内も広く子院も多数あったと伝えられています。

安土桃山時代の天正年間1573-1592、龍造寺隆信の兵の焼打ちにあいましたが、 江戸時代の寛文12年1672に立花帯刀(たてわき)が中山村を領地にした際、 本院を祈願所とするなど、盛衰を繰り返しました。

昭和28年1953の水害で相当の被害を受けたため、 昭和33年1958に建て替えられ、 ほぼ現在の姿になりました。 お堂の中には、閻魔王像と、信者から寄進された般若心経が納められています。

かつて清楽寺には、 鎌倉時代の建久5年1194、薄い銅板にたくさんの仏像を浮き彫りにし、 金メッキが施された、 国の重要文化財「金銅板両界曼荼羅(こんどうばんりょうかいまんだら)」が納められていました。 しかし、いつの頃かこの地を離れ、茨城県利根町の徳満寺[1]の所有物となっています。 この曼荼羅は、現在、東京の国立博物館に寄託されていますが、 複製品が柳川市立三橋公民館に展示されています。

平成18年3月 柳川市教育委員会

ひとくちメモ

清楽寺があるのは柳川市の最東端である。 門前の薩摩街道を200mほど南西方向に進めば、みやま市瀬高町となる。 そこからは薩摩街道瀬高宿の西の入口、上庄(かみのしょう)となる。

街道から境内に入ると、右手の覆屋に安置されている石仏の数に驚く。 横3列にびっしりと並べられている。 その先には石塔。この石塔は側面の四方に仏像が刻まれている。 その先には大師堂がある。 観音堂は正面にある。 残念ながら、扉が閉ざされており中に安置されているという閻魔王を拝むことはできなかった。


写真

  • 全景
    全景 
  • 石仏(拡大)
    石仏(拡大) 
  • 大師堂
    大師堂 
  • 石塔(四面に仏像が彫り込まれている)
    石塔(四面に仏像が彫り込まれている) 
  • 表札碑
    表札碑 
  • 金剛界曼荼羅(案内板より)
    金剛界曼荼羅(案内板より) 
  • 胎蔵界曼荼羅(案内板より)
    胎蔵界曼荼羅(案内板より) 
  • 門前の風景(右手が清楽寺)
    門前の風景(右手が清楽寺) 
  • 門前の風景
    門前の風景