仏旗 玉水山 大円寺(だいえんじ) [大円禅寺・大圓寺] 曹洞宗★★  DAIENJI ZEN TEMPLE 行基

  • 本堂
    本堂 
  • 山門
    山門 
住所・電話
〒834-0201 福岡県八女市星野村土穴2702 標高:216.2m MAP GMAP 0943-52-3547 
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歴史

大円寺で領布されている『玉水山大円寺の由緒』中の由緒書の内容をそのまま記す。

由緒神亀2年725開基。御本尊十一面観音菩薩は、伝行基の作

大円寺の開基は、現存する版木[1]に神亀2年725と刻まれていて、 御本尊の十一面観音菩薩は行基の作と伝えられています。 奈良時代の星野谷は、太宰府観世音寺の寺領であったことから、その末寺として支配の役割を担って開かれたといわれています。

草創期の奈良時代には、律宗や成律宗の時期もあったようですが、 平安時代の天長9年823に真言宗となり、 さらに鎌倉時代の弘安2年1279になって、 大慈寺(現熊本県川尻町)を開いた寒厳義尹(かんがんぎいん)禅師によって曹洞宗となり、 現在に至っております。

鎌倉時代のはじめ、星野氏初代胤実公が星野谷に入封以来は、 一族の菩提所として七堂伽藍と光照院、宰領院、廣厳院、起塔院、曇林院、 松月院、香月院、優長院の八院を構えて、 さらに村内各所に光延・高徳庵、縫尾・高雲庵、高野・千手庵、 中原・梅林庵、尾原・千福寺、小野・宝正寺、本星野・佛光寺、 千々岩・法福寺、仁田原・息災庵(息笑庵)、浦・開蔵庵など、 数多くの末寺を擁していたことや、 版木の境内絵図などから、 現在の土穴集落がすべて境内地に含まれていたであろうことはもちろん、 星野谷の全域に大きな勢力を持っていたことをうかがい知ることができます。

本尊十一面観音坐像は秘仏とされ50年に一度のご開帳とのこと。

同書によれば、南北朝の戦いで征西将軍であった懐良親王(かねよししんのう)(後醍醐天皇の皇子)は大円寺に何度か訪れ、 この地で薨去されたという。その妻の墓碑の五輪塔の地輪も境内にあるという。 その他、寺宝多数が境内の歴史資料館で閲覧することができる。

あの高橋紹運が総勢800足らずの兵力で数万の島津勢を岩屋城に2週間も釘付けにした岩屋城の戦いの島津軍の後詰として残され、大友軍と奮戦・討ち死にした星野吉実(ほしのよしざね)星野吉兼(ほしのよしかね)兄弟とも縁のあるお寺のようである。 高橋紹運の実子・立花統虎は星野兄弟の首を現在の福岡市博多区吉塚の地に丁重に葬ったという。 これが「吉塚」の名の由来という。(現吉塚地蔵尊)

ひとくちメモ

大円寺のすぐ南には星野川が流れ、茶畑がある。 夏にはホタルがみられるという。 境内には阿蘇西厳殿寺より勧請した仏足石・歴史資料館などがある。 歴史資料館には大円寺の寺宝が多数展示されている。

本堂でお参りしていると、 和尚に声をかけていただき、本堂内・歴史資料館の案内やらお寺の歴史の話などを気さくにしていただいた。 感謝感謝。 上の歴史の項に書いた内容は作者の知識不足で言葉足らずとなっています。 詳しくは大円寺で頒布されている『玉水山大円寺の由緒』(全16ページ)をお求めになりご覧ください。 学問的にもかなり突っ込んだ史料となっています。


写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂
    本堂 
  • 資料館脇に咲くホンシャクナゲ
    資料館脇に咲くホンシャクナゲ 
  • 仏足石
    仏足石 
  • 水盤
    水盤 
  • 本尊十一面観音坐像-資料館にて
    本尊十一面観音坐像-資料館にて 
  • 吉塚地蔵堂の軒丸瓦-資料館にて
    吉塚地蔵堂の軒丸瓦-資料館にて 
  • 本堂前の銅鑼
    本堂前の銅鑼 
  • 山門内の石仏
    山門内の石仏 
  • 山門内の石仏
    山門内の石仏 
  • 境内風景
    境内風景 
  • 駐車場前の茶畑
    駐車場前の茶畑 
  • 駐車場
    駐車場 
  • 歌碑-駐車場脇
    歌碑-駐車場脇 
  • 喚鐘
    喚鐘 


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