bukki 妙音の瀧(みょうおんのたき) 日蓮宗

住所・電話
〒811-1223 福岡県那珂川市上梶原976   標高:141.6m 地図 GMAP
検索
同地区同宗派(3)  ( 4km以内 )  関連寺社(2) MAP  周辺のスポット(6)  Links(3)

歴史

初め真言宗の祈祷所であったが、明治20年(1887)日蓮信者の川上勝吉氏が庵を建てて信仰の地としたもの。 初めは博多法性寺の末寺であったが、昭和3年(1928)以降は那珂川市の蓮教寺の別院となった。 この地は妙正尼が参籠して病を快癒、彼女は後に大横綱双葉山の病も快癒させたという。(Links① より)

当ページの下部に詳細を記す。

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。

妙正尼と双葉山

金丸トワ師[1](妙正尼)は19歳で安徳村の金丸家に嫁いだ。 たまたま病気に冒され妙音の滝に参籠。一朝に快癒。信仰心を深めた。

大正2年(1913)居を東京に移し「法華経」の普及に身魂を捧げた。 昭和5年(1930)東京市(現東京都)杉並区和田本町に教会所を開く。 世道人身の慰安と希望を与えていた。 その威徳にすがる人々がやってきた。 その中に後に名横綱となった双葉山の姿もあった。 昭和5年、双葉山は幕下時代に難病にかかり、妙正尼の祈祷によりその病を克服。 その後69連勝を成し遂げた。 昭和15年(1940)双葉山は妙音の滝に参籠した。

境内には妙正尼の供養塔があり、五郎丸の谷という所の丘の上には双葉山が建てた妙正尼の墓がある。[2](以上 Links① より)

双葉山の長男・経治(1944生)が福岡県に建てた日蓮宗の「妙音教会」[3]という寺の住職になったが、1988年に44歳の若さで死去した。(Links② より) 息子も熱心な日蓮宗の信者だったのだろう。

関連寺社(※過去に関連していた寺社も含みます。必ずしも現在関連している寺社とは限りません。)

周辺のスポット(4km以内)

周辺の寺院・仏教施設は当ページの上部の検索の項の「4km以内」のボタンをご利用下さい。

脚注