含渓山念仏三昧院
法然寺
西山浄土宗
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豊前国三十三観音霊場第15番札所
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- 〒829-0342 福岡県築上郡築上町東八田922-3 標高:15.5m 地図 GMAP
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歴史
伊藤氏メモ天仁元年(1108)西願法師の開基による寺院で、当時は天台宗の日峯山台蔵寺と称した。
永正年間(1504-1520)に僧行信が入山し、荒廃した寺院を再興、含渓山念仏三昧院法然寺と改め、浄土宗となった。 行信の祖父は、企救郡長野城主長野豊前守助氏で、その二子は早く仏門に入り、行念と称し、護念寺を開いた。行念の二子が行信である。
行信は比叡山で修行後、法然寺を再興し、晩年には即身成仏の願により、地下に土倉を作り、信者の嘆きの声を後に入定に入った。七日七夜カネと読経の声が聞こえ、その音が絶えたのが12月5日のことであった。この日を「行信忌」として行心の仏徳を称え、今日までお祀りは続けられている。後に入定を記念して松が植えられ大木となったが枯死した。
法然寺は黒田官兵衛孝高とのゆかりがある寺院である。 天正15年(1587)、豊臣秀吉によって九州は平定され、黒田孝高は論功行賞により豊前六郡の領主となった。居城を馬ヶ岳城としたが、城は嫡男長政に託し、孝高は同年7月から8月の間、法然寺を仮の館とし領内を視察した。平成26年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の第36回「試練の新天地」の「官兵衛紀行」でも紹介された。(「現地説明板」などより)()
境内の観音堂は十日観音(沓脱観音)と呼ばれ、豊前国三十三観音霊場第15番札所となっている。安置されている聖観世音菩薩坐像は享保9年(1724)銘。 豊前国三十三観音霊場第15番札所は法然寺内の観音堂と塩田屋敷観音堂と2つある。(Links① より)。
ひとくちメモ
作者が未参拝の為、未稿。
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