heritage 英彦山(ひこさん) 霊泉寺(れいせんじ) 天台宗英彦山修験道 ★★★ 九州西国霊場第1番札所 百八観音霊場第75番札所

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〒824-0721 福岡県田川郡添田町英彦山1240番地   標高:552.2m 地図 GMAP 0947-85-0061 
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歴史

伊藤氏メモ明治元年(1968)神仏分離令により、英彦山の仏教伽藍や修験道祭祀具類は徹底して破却・廃棄された。 英彦山中腹にあった霊仙寺大講堂は神社の奉幣殿となり、英彦山神宮の本殿に生まれ変わった一方で、仏教の法灯は途絶えた。

時を経た戦後の昭和28年(1953)に宗教法人法が公布され、昭和30年(1955)に山麓の銅鳥居(かねとりい)脇に、神社から独立して弥陀・釈迦・観音の三尊を本尊とする英彦山修験道霊泉寺(霊仙寺から寺号変更)が再興され、法灯は甦った。

なお、英彦山は、江戸中期の享保14年(1729)に時の霊元法皇の院宣で、それまでの彦山に[すぐれている]の意味を持つ[英]が冠せられたものである。(『福岡の名刹・古刹55ケ寺』より)()

ひとくちメモ

前日テレビで「守静坊のしだれ桜」のニュースを見て急遽英彦山に向かう。 例によって、下調べも何もせずの遠征。 最初にたどり着いたのが浣花溪。 ここもしだれ桜はじめ、ソメイヨシノ・モクレンなどの花々が綺麗に咲いていた。 ここで花見をされていた初老のご夫婦に「守静坊のしだれ桜」の場所(銅の鳥居より徒歩10分程度か?)を教えて頂きそこへ向かう。 「守静坊のしだれ桜」は少し時期が過ぎており、緑の葉がちらほら。 ここで、この桜のすぐ上の家の持ち主のご夫婦からこの辺りにはシカ・イノシシがおり、 桜の花もシカは食べることなどの話を伺う。 その後、霊泉寺へと向かう。

霊泉寺は、銅の鳥居の脇にある。 本堂の規模は思っていたほどではなかったが、 ある意味英彦山全山がこのお寺の境内だとすると日本でも有数の規模のお寺ということになるのではなかろうか? 本堂のすぐ上手にはスギの巨木・そのすぐ上には巨大な宝篋印塔。。。などなど。 英彦山山内は2時間ほどの滞在であったが、この程度の時間ではとてもみてまわる事は不可能である。 いつかまた、じっくりとお詣りに行こうと思う。 英彦山神宮へはその先の長い石段を登る気力・体力・時間がなく、銅の鳥居から合掌して帰ってきました。

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂
    本堂 
  • 本堂脇の英彦山神宮参道
    本堂脇の英彦山神宮参道 
  • 喚鐘
    喚鐘 
  • 霊泉寺下の石仏
    霊泉寺下の石仏 
  • 霊泉寺上の財蔵坊のスギの巨木
    霊泉寺上の財蔵坊のスギの巨木 
  • 銅の鳥居-上から撮影
    銅の鳥居-上から撮影 
  • 銅の鳥居
    銅の鳥居 

銅の鳥居の一つ上の鳥居付近

  • 参道
    参道 
  • 巨大な宝篋印塔
    巨大な宝篋印塔 

魚観音

観音堂
観音堂 
観音堂内部
観音堂内部 

霊泉寺の英彦山神宮参道を挟んで向かい側にある。 観音堂内には、顔に白いお化粧をしたような木像が安置されている。 霊泉寺との関連は作者はわからない。


守静坊のしだれ桜

しだれ桜
しだれ桜 
守静坊入口の看板
守静坊入口の看板 

銅の鳥居近くにある。 少し時期が遅かったか?


浣花溪

しだれ桜
しだれ桜 
浣花溪入口
浣花溪入口 

ここもしだれ桜・モクレンなど多数の花々がある。 また、鐘楼堂もある。


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