仏旗 大慈山 慧日寺(えにちじ) [慧日禅寺] 黄檗宗[未1]  ENITIJI ZEN TEMPLE 筑後三十三箇所観音霊場第25番札所

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〒837-0913 福岡県大牟田市岩本2589-1  MAP GMAP 0944-58-2959
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歴史

Linksのページによれば、宝永2年1705柳川の梅岳山福厳寺第4世住職霊峰和尚が、 久しく荒廃していた浄土宗永昌寺(栄勝寺)を、 柳河藩主立花鑑任の許可を得て創建開山したものであるという。 寺宝として、1寸8分≒5cmの観音像があるという。(詳しいいわれはLinks参照。) 本堂は、現存する棟札によれば、宝永5年1708、霊峰和尚によって完成するが、 狭隘であるため改築を計画、延享2年1745に改築が完了。 さらに天保10年1839、第13恵厳和尚によって大修築が行われ現在に至るという。

伊藤氏メモ慧日寺の創建(宝永2年1705)の経緯について、『三池郡誌』に次のような記載がある。(『筑後の寺めぐり』より)()

白銀川の北にあるこの地は幽邃(ゆうすい)の地であり、往古は永昌寺という浄土宗の寺院があったが、衰退して寺号だけが残っていた。その一角に圓通庵という観音堂があり堂守の僧がいた。

ある日、その堂守が山野を開墾しているときに約5.5cmの観音様が土中から出てきたので、庵室にお祀りしていた。 柳川第4代藩主立花鑑虎(たちばなあきとら)が狩りの途中、偶然この観音像のことを知り、「奇異なり」と城中へ持ち帰り、大切にお祀りした。

その後、第5代藩主の立花鑑任(たちばなあきたか)が大病されたときに、福厳寺4代住職の霊峰(れいほう)禅師が一心に祈祷して平癒されたので、鑑任は禅師の徳を称えて、圓通庵は他所へ移し、永昌寺の地を禅師に退遁の地として与え、堂宇を建立した。寺号も永昌寺を改め慧日寺とした。前述の小さな観音像も禅師に賜った。

ひとくちメモ

未参拝の為未稿。


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