heritage 筑川山 勝楽寺(しょうらくじ) 浄土真宗本願寺派 白仏

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〒831-0045 福岡県大川市大野島2017   標高:4.2m 地図 GMAP 0944-87-3154 
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歴史

伊藤氏メモ大野島は、早津江川と筑後川に挟まれた三角州で、その北半分が福岡県、南半分は佐賀県となっている。 大野島は、2000年代半ばに映画やテレビドラマ化もされた『嫌われ松子の一生』という山田宗樹の小説で、主人公・川尻松子の出身地として描かれた島でもある。

この福岡県部分に浄土真宗本願寺派の勝楽寺が建立されたのは、宝暦5年(1755)のこと[1]。 その頃、島に大風や高潮の災害が続き、堤防が決壊して多くの死傷者が出た。 そればかりか、病虫害のために不作が続いて飢饉が起こり、餓死する者まで現れる事態となってしまう。 勝楽寺の開祖・渡辺桂道は、島に寺を建立して浄土真宗の祖・親鸞の教えを説き、衆生を救済するという誓いを立てた。 当時の島民はみな浄土真宗の信徒であったが、島には寺がなかったのである。 そこで桂道は、3度にわたって京に上り、本山西本願寺から勝楽寺の号を賜ると、島に寺院を築いたのである。

勝楽寺の納骨堂には、世にも珍しい白仏が納められている。高さ1.5mほどの白仏であり、透き通るような白さである。これは、人間の骨で出来ているのである。 白仏造立を企図したのは、作家・辻仁成氏の祖父・今村豊氏である。 勝楽寺の納骨堂は昭和40年(1965)頃に造られたものであるが、遺骨の数は年々増え、納めきれなくなりつつあった。 そこで、今村氏は遺骨をまとめて骨仏を作ることを提案した。先祖を一つにしておけば、島が無くならないかぎり、島民は絶対に忘れることがない。そんな思いから白仏造立の思いにいたったのだという。遺族たちもこれに了承し、計画はスタートした。

このとき、勝楽寺にあった遺骨だけでなく、大野島内の各所にあった遺骨も集められたという。 宗派の違いを問わず、「島に住んでいた人の遺骨」であることに重点が置かれた。以前は火葬ではなく土葬が中心であったため、わざわざ掘り起こして遺骨を集めたそうである。 こうして集められた遺骨は細かく砕かれ、セメントと一緒に練り上げられて仏像の形に仕上げられた。用いられた遺骨は数千人分にも及ぶ。重量は1300kgほどであったという。

なお、この話をもとに描かれたのが、芥川賞作家である辻仁成氏の小説『白仏』である。『白仏』は、1999年にフランスの権威ある文学賞であるフェミナ賞外国小説賞を受賞している。(福岡「地理・地名・地図」の謎 意外と知らない福岡県の歴史を読み解く!)などより

ひとくちメモ

未参拝の為、未稿。

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脚注