仏旗 海雲山 金台寺(こんたいじ) [金臺寺] 時宗  KONTAIJI TEMPLE 子安地蔵堂遠賀川川西四国八十八ヶ所霊場第85番札所 伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
  • 山門
    山門 
住所・電話
〒807-0102 福岡県遠賀郡芦屋町西浜町1-22 標高:15.7m MAP GMAP 093-223-0460
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歴史

伊藤氏応安元年1368、一遍上人の第7世、像阿上人を開基として創建されたと伝えられ、元は当地の北西約200mにある垂間野橋の辺りにあって「垂間道場」と呼ばれたという。

昭和46年1971に近くの旧芦屋小学校跡地(現:芦屋町役場)から発見された約3000㎡もの石塁の跡が、創建当時の金台寺の跡であろうと推定されている。

金台寺は、旧遠賀郡一帯を支配した山鹿城主麻生氏の菩提寺として栄え、安阿弥の作品と伝わる本尊阿弥陀三尊像、源頼朝の守り本尊との伝承を持つ子安地蔵尊像がある。毎年5月の日曜日に地蔵尊祭が行われる。

(『福岡県の歴史散歩 』より)()

境内の案内板によれば、地蔵堂の中には2.43mの子安地蔵が今でも安置されているという(木彫り・彩色・江戸中期作)。 地蔵堂の扉のガラス越しに拝むことができる。 また、頼朝の念持仏と伝えられる金銅製の仏像も現存しているとのこと。 この念持仏は子安地蔵の胎内に収められていたという。

参考:境内の案内板表示『筑前国続風土記拾遺』時宗 - Wikipedia

ひとくちメモ

参道の長い石段を登ると山門があり、そのすぐ脇には鐘楼、その先に本堂がある。 そのまま進むと子安地蔵堂がある。

境内はかなりの広さで、緑もたくさんある。山門前からは芦屋の街並み、その先の遠賀川の景色も観ることができる。 そのすぐ北側には潮音山 観音寺、南側には慈雲山 安養寺が伽藍を構えている。


写真

  • 子安地蔵と小地蔵 - 境内の案内板
    子安地蔵と小地蔵 - 境内の案内板 
  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 子安地蔵堂
    子安地蔵堂 
  • 山門 - 境内から撮影
    山門 - 境内から撮影 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 参道入口
    参道入口 
  • 境内の石仏
    境内の石仏 
  • 秋葉・熊野・金比羅大権現(鳥居に天保7年の銘)
    秋葉・熊野・金比羅大権現(鳥居に天保7年の銘) 
  • 参道の風景 - わかりづらいがその先は遠賀川
    参道の風景 - わかりづらいがその先は遠賀川 
  • 子安地蔵堂(左)と本堂
    子安地蔵堂(左)と本堂 
  • 山門脇の阿弥陀如来像
    山門脇の阿弥陀如来像 
  • 梵鐘
    梵鐘 


境内の案内板表示

伊藤氏メモ金台寺時衆過去帳附金台寺近世文書(福岡県指定有形文化財):時衆遊行派である金台寺には2巻の過去帳(時衆信徒の法名)が保存されている。中世の時衆過去帳は全国で3か所しか残っていない。また宗教資料としてだけでなく、当時の職人の存在、特に芦屋釜の鋳物師の究明や麻生・香月氏などの資料としても貴重なものである。

なお、室町時代の初めに時宗となってから31世を数える。また、本堂前の木製の表示板には次の表記がある。「海雲山光土院垂間道場 南無子安腹帯地蔵大菩薩 金台寺」。()

『筑前国続風土記拾遺』巻之32 遠賀郡 元 蘆屋村の項

金臺寺

中小路町に在。海雲山と号す。 時宗なり。 相州藤澤山清浄光寺の末寺なり。

寺傳に後光嚴帝の應安年中1368-1374一遍上人より第7世像阿上人開基すといふ。 按に下に引所の當寺の古鐘の銘に第3世住持像阿弥陀佛とあり。寺傳に像阿の開基といふは誤なり。

本尊の弥陀三尊の像は安阿弥か作といふ。 古代は寺領あまた有しとかや。 當寺に古き過去帳有て足利家の代末の乱に戦没せし城主郡士等麻生香月をはしめ諸家の卒逝年月日を記せり。 美濃國番場宿の蓮華光寺の過去帳の類なり。又麻生家より寄捨せし器なりといふ。 また此寺の古鐘なりとて今長門國豊浦郡月山といふ所に在といへり。 其銘云。(中略)

この寺當昔ハ垂間橋の辺にあり。 よりて垂間ノ道場といへり。 古き文書等には山鹿ノ金胎寺ともあり。 葦屋も昔ハ山鹿庄の内なりしゆゑにかくいへり。 今の山鹿に此寺有しにはあらず。 鎮守に熊野権現の社あり。 また地蔵堂今の佛像の胎中に小像あり。頼朝公の守本尊のよし縁起に見へたり。 鐘楼あり。