小松山無量院
正覚寺
西山浄土宗
☆☆☆
底井野往還
遠賀川川西四国八十八ヶ所霊場奥の院
- 住所・電話
- 〒809-0003 福岡県中間市上底井野1747 標高:4.7m 地図 GMAP 093-245-3717
- 検索
- 同地区同宗派(3) ( 4km以内 ) 関連ページ(1) MAP 周辺のスポット(10)
歴史
に門前を通ると、掲示板に正覚寺の縁起の説明書きが添付されていた。 下に引用する。
小松山 正覚寺
かつては寺号を小松山治承院正應寺といい、 上底井野字正應寺にあって12の薬師如来像を本尊とする真言宗の寺院でした。
平清盛の嫡男・小松内府平重盛が、平安時代末の1177年(治承元)〜 1179年(治承3)の頃に創建した寺で、往時は重盛が寄進した18町の水田を所有していました。 しかしその田地も豊臣政権の筑前国主小早川秀秋から没収され、衰退していたのを、 中興開山智空実阿上人が浄土宗に改宗して再興し、寺号も小松山無量院正覚寺と改めました。
江戸時代の初めの1616年(元和2)、信空上人の代に現在の地(字御畑)に移りました[1]。 2016年には移転400年目を迎えます。
境内南側にある高台は、1628年(寛永5)まで寺の横を流れていた遠賀川の堤防の跡です。
門前には旧底井野往還が通っていた。 道幅はほぼ当時のままのようで狭い。境内の大師堂は遠賀川川西四国八十八ヶ所霊場奥の院となっている。
参考:『筑前国続風土記拾遺』
ひとくちメモ
本堂左手には小高い平地があり、大師堂をはじめ多数の石仏を拝むことができる。 桜の木も多数あり、その時期にお参りすれば花も楽しめる。
写真
『筑前国続風土記拾遺』巻之33 遠賀郡 亨 上底井野村の項
○正覚寺
小松山無量院と云フ。 浄土宗西山派福岡大長寺に属す。 開基の年歴不詳。 昔ハ真言宗なりしをいつよりか浄土宗になれりと云。鐘楼有。
この寺の末庵垣貞と云地に観音堂有。 元禄7年(1694)江龍公[2]修造し給ひし由書たる棟札あり。
門前には旧底井野往還が通っている。 道幅はほぼ当時のままのようで狭い。
関連ページ(※歴史的に過去に関連していた神仏施設他も含めています。必ずしも現在関連しているとは限りません。)
周辺のスポット(4km以内)
周辺の寺院・仏教施設は当ページの上部の検索の項の「4km以内」のボタンをご利用下さい。