塔峯山妙寿院
光明寺
浄土宗
★☆☆
六ツ嶽四国霊場第2番札所
鞍手郡中三十三観音霊場第19番
- 住所・電話
- 〒823-0001 福岡県宮若市龍徳779-1 標高:14.6m 地図 GMAP 0949-32-1346 ホームページ
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歴史
上のホームページによると、 天文6年(1537)遠賀郡陣の原出身の宝誉貫碩和尚(姓を白水といい本寺極楽寺の第七世)によって開基。 本尊阿弥陀如来像は恵心作と伝えられている。 裏の山林は延宝8年(1680)に櫛橋家より寄進を受けたもので、 その山林には宮若市、鞍手郡内では最古の慶長墓(黒田如水義姉の墓碑)が立っているという。
参考:『筑前國続風土記拾遺』
ひとくちメモ
寺の背後は小高い山、前は犬鳴川が悠然と流れる。その先には六ヶ嶽の山並を眺めることができる。 自然豊かな環境である。 境内には千手観音堂・聖観音像などがある。 千手観音堂は扉が閉じられ拝むことができなかった。 恵心作といわれる聖観音像もいつか拝んでみたいものである。
写真
『筑前國続風土記拾遺』巻之31 鞍手郡 下 龍徳村の項
光明寺
川東に在。 塔峯山妙壽院と号す。 浄土宗鎮西派宮田村極楽寺末也。 天文6年(1537)9月寶譽と云僧開基す。 (遠賀郡陣原村産白水氏天文15年5月11日寂す。87才。) 本尊阿弥陀佛ハ恵心作と云。 此寺に上月十郎景高(播州上月城主)か内室の墓あり。 銘に景壽妙壽大姉慶長18年(1613)11月19日卒と有。 是興雲公[1]の叔母にして櫛橋豊後守伊定(播州志方城主)の長女也。 (此寺昔ハ岡本七太夫正俊祭田を寄附せしか今ハなし。 正俊始ハ櫛橋五郎助と云。櫛橋宗雪の甥、伊定の孫にして采地当村に有りしか故に爰に住せし也。) 延寶8年(1680)2月山林5000坪寄附し給ふ。吏人の證文を蔵む。
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