bukki 梵天山 帝釈寺(たいしゃくじ) 黄檗宗[未1]  TAISYAKUJI ZEN TEMPLE 筑後三十三箇所観音霊場第26番札所 鉄文

住所・電話
〒839-0225 福岡県みやま市高田町上楠田3459 標高:25.8m MAP GMAP 0944-22-4254 
検索
同地区同宗派寺院  4km以内

歴史

伊藤氏メモ寺伝によれば、創建は弘仁12年821普光寺(大牟田市)と同じ三毛中納言師親(みけちゅうなごんもろちか)によって、嵯峨天皇の勅願寺として開創された。 大同元年806天台宗寺院として開創との説もある。 いずれにせよ、この地域で最も長い歴史を持つ寺院で、かっては七堂伽藍整い、五重の宝塔もあったと伝えられる古刹であったが、後に衰微した。

天正17年1589に当地楠田を知行していた蒲池鎮運(かまちしげなみ)が曹洞宗寺院として再興、蒲池家の祈願寺にしたが、 龍造寺隆信の兵火で焼失した。蒲池鎮運は朝鮮出兵で没し、その墓所は当寺にある。

帝釈寺は、寛文年間1661-1673に柳川藩4代藩主・立花鑑虎(たちばなあきとら)の懇請で鉄文和尚が中興し、黄檗宗の寺院となった。

鉄文和尚とは、市内高田町海津の生まれ。宇治の萬福寺で修行し、黄檗十哲の一人に数えられる高名の名僧である。 柳川藩主の菩提寺・福厳寺も中興開山した。

こうして中興された当寺は、長い無住の時代もあったが、当代までこの楠田の地で法統を守っている。(『筑後の寺めぐり』より)()  

ひとくちメモ

未参拝の未稿。