bukki 茲雲山 福聚寺(ふくじゅうじ) [福聚禅寺] 臨済宗妙心寺派  FUKUJYUUJI ZEN TEMPLE 筑後三十三箇所観音霊場第1番札所 イヌマキヤブツバキ伊藤氏参拝済

  • 本堂
    本堂 
  • イヌマキの巨木
    イヌマキの巨木 
住所・電話
〒839-0861 福岡県久留米市合川町2-1 標高:31.3m MAP GMAP 0942-43-7850 
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歴史

Linksのページによれば、 寛延2年1749第7代久留米藩主有馬頼徸(ありまよりゆき)の開基、日向国佐土原の古月禅師を開山として創建されたお寺である。 寺領250石を与えられた。 以来明治維新まで有馬家の崇敬を受ける。 有馬家ゆかりの品などが受け継がれており、その一部が県・市の指定を受けているという。

伊藤氏メモ久留米藩7代藩主有馬頼徸(よりゆき)により開創された筑後三十三所観音霊場の第一番札所は、当初は高良山にある本地堂であったが、明治の廃仏毀釈により廃寺となり、「福聚寺」が一番札所に改められた。(『筑後三十三所観音霊場/HP』より)

愛宕神社は、県道750号線沿いの高良玉垂宮(高良大社)二の鳥居前から、県道を少し上った所の右側に位置する礫山(つぶてやま)に鎮座している。愛宕神社は、明治維新前は青天寺とも称した神仏習合の社寺であり、当時本殿(本堂)には祭神・火加具土命(ほのかぐつちのみこと)(火盗災難除去の神)の本地仏である将軍(勝軍)地蔵菩薩像を安置していた。そして、将軍地蔵菩薩は、修験道では神仏習合の愛宕山大権現の名で呼ばれていた。なお、この本尊・将軍地蔵菩薩像は、明治の廃仏毀釈の難を逃れ、「福聚寺」の本尊として現存している。(正見行脚:御井寺の天狗像=愛宕山太郎坊(高良山麓巡り26)より) ()

ひとくちメモ

福聚寺の裏手(東側)は久留米大学御井学舎、西側には久大本線が走っている。 周囲は住宅地になっているが、この一画だけは森となっている。

境内に入ると右手には覆屋(おおいや)があり、中には多数の石仏が安置されている。 その脇には大きな宝篋印塔がある。 間口8間奥行き6間の大本堂前には多数の木々が植えられている。 ちょっとした植物園のようである。 中でも2株あるイヌマキの巨木(樹高15mほど、根回りの直径は1m超)・ヤブツバキの巨木(樹高7m超、根本直径50cm超) はなかなか他では観られないものである。

鐘楼脇には「春夏冬二升五合」の扁額の掲げられたお堂があり、その裏手には石祠がある。 どうやらこのお堂は、石祠内の仏像か御神体の拝殿のようである。 拝殿内には二体の仏像が安置されているようであるが、閉ざされている拝殿の扉はすりガラスの為良く見えなかった。 ちなみに「春夏冬二升五合」は「商いますます繁盛」と読むらしい(ことばの豆知識参照)。

写真

  • 本堂の扁額
    本堂の扁額 
  • 本堂
    本堂 
  • 鐘楼
    鐘楼 
  • 山門
    山門 
  • 庫裏
    庫裏 
  • 覆屋
    覆屋 
  • 地蔵像 - 覆屋内
    地蔵像 - 覆屋内 
  • 多数の石仏 - 覆屋内
    多数の石仏 - 覆屋内 
  • 宝篋印塔 - 覆屋脇
    宝篋印塔 - 覆屋脇 
  • 拝殿
    拝殿 
  • 拝殿の扁額(「春夏冬二升五合」)
    拝殿の扁額(「春夏冬二升五合」) 
  • 拝殿の裏手の石祠
    拝殿の裏手の石祠 
  • 観音像
    観音像 
  • 全景
    全景 
  • 境内風景(前方は庫裏)
    境内風景(前方は庫裏) 
  • イヌマキの巨木
    イヌマキの巨木 
  • ヤブツバキの巨木
    ヤブツバキの巨木 
  • イヌマキの根本
    イヌマキの根本 
  • 山門脇のクスノキ
    山門脇のクスノキ 
  • 境内風景 - 山門を背にして撮影
    境内風景 - 山門を背にして撮影 
  • 門前の風景
    門前の風景 
  • 梵鐘
    梵鐘